散歩 this way -06-
得難い世界観で溢れる音と歌詞が、音楽ファンから注目を集めているシンガーソングライター/詩人の柴田聡子が綴るエッセイ。
テーマは趣味であるという「散歩」。本人が実際に撮影した写真とともにお楽しみください。
「誰かと散歩」
誰かと散歩することは最高!
岡山でのライブのために現地へ前乗りした夜、仲間と夕食のために集まり、お腹もいっぱいだし、腹ごなしに散歩しよう、そうだ、岡山城を見に行ってみようということになった。フォー、最高!年をとれば取るほどこういう突発的なおでかけが珍しくなるからかこころが湧き立つ。それに城なのだ。城を見るのはいつでもなぜかうれしいのでテンションがエベレスト。その場所のことを知る手立てだからだろうか。ライブなどでいろいろなところに行くと、それぞれの場所でなにもかもほんとうにちがっているのに、たしかにどこかつながりあっているのが心底不思議で、感動とも感慨とも言えないじんわりした気持ちになることが好き。気さくな店主とひとしきり話して、休みまーすという人と、行きまーすという人に別れて、4人で歩き始めた。お腹がいっぱいで、ややペンギンのような歩き方になる。
肌寒かった東京とくらべて岡山はぶりかえした夏のように暑い日で、着ていたロンTの袖をまくりあげて歩く。みんな袖をまくったり、上着を脱いだりしていた。街の中に突然、地下の広場らしき空間に降りていく階段が出現。みんなで駆け寄って覗きこむ。テーブルと椅子が設置されていて、もし私たちが中高生くらいだったら、明けても暮れてもここでおしゃべりをするよね、500mlの紙パック飲料と共に、という懐かしすぎる記憶がかまいたちのように襲ってきて膝から崩れ落ちた。その気持ちがわかりすぎる。散歩に来たメンバーたちには10歳くらいの年齢の幅があったけれども全員に思い当たるところがあって、ある時代からの若い時期においての500mlの紙パック飲料の影響の大きさを改めて思い知る。私はリプトンのミルクティーオンリーだった、と頭を抱えた。
岡山城の近くまで来ると、なにやらお祭りのようなものがやっていて、祭りだ!と小さくダッシュ。祭りも城と同じで、いつどこで出くわしても面白い。祭りも城も見られるなんて、この日は良い日だった。周りのビルを見渡していると、ひとりが気になっていた古着屋さんを偶然発見。まだ電気がついていたので入ってみた。なんとお店の方が私たちの音楽を知っていてくださっていて、みんなにひとつずつオリジナルのキーホルダーをいただき、それを今リュックにつけている。
祭りはすでに片付けに入っていたのでその横を通り過ぎながら城の方へ向かう。道がとても暗い。ひとりがスマホの明かりで足元を照らしてくれた。後楽園と岡山城のあいだを流れる川でなにかがはねて、ジャポンという水の音がたびたびしていた。城のかなり近くまで住宅があって人が生活している気配があった。代々お城の関係者なのかな、そういえば城主は誰だろうとスマホに目を落としてインターネットで城主の情報を調べてみる。初代城主が宇喜多秀家!2代目城主は小早川秀秋だ!関ヶ原の戦いあたりの歴史に結構興味があるのでつい声が出てしまった。みんな、へー、と返してくれて、やさしくてうれしい。
城の下の入り口まで来た。予想外に門が開いていてライトアップされていた。なんとなく夜の城には入れないイメージだったので入っていいのかどうか迷っていたら人がスッと入っていったので私たちも続いた。門の前にあった日本刀展示のお知らせパネルにあった日本刀の写真を見て、これは原寸大だろうかと話し合った。
ゆるく曲がる石段を登っていくとひらけたところに出た。一気に空気が拡がっていく感じがして気持ちがよかった。人がちらほらいる。なにやら一段下がった謎の空間を見つけたひとりがわーっと走っていった。そこはなにかの遺構だった。その様子を私ともうひとりが上から見ているあいだにまたもうひとりは着々とあたりの散策を進めていて、いつのまにか消えていた。
たぶんここを曲がっていっただろうというところを残された3人で歩いていってみるとまたひらけた空間があって、うしろを振り返り見上げると城がどんと建っていた。見た目が黒くて格好いい。そこから少しはなれた芝生で消えたひとりが手を振っていた。こうこうと光をはなつ自動販売機に吸い寄せられそれぞれ冷たい飲み物を買い、それを飲みながらしばらくみんなで城を見つめた。だれともなく出口の方へ歩き始めて帰り道となった。
石段の歩きにくさに気をつけながら、骨折したことある?と話し合ったり、城を出てすぐのところにあったイベントポスターに写っていたほいけんたの話をしたり、CHEMISTRYの曲をふたりがハモってふたりがはははと笑っていて、それを動画で撮ったりしながら、最後はコンビニに寄って宿に帰った。全員同じ階に泊まっていたので全員でエレベーターを降りて「じゃあ明日、おつかれさま〜」と別れた。ふわっと散歩の糸がほどけていったような感覚を部屋に入ってしばしじんわりと感じていた。



