
散歩 this way -01-
得難い世界観で溢れる音と歌詞が、音楽ファンから注目を集めているシンガーソングライター/詩人の柴田聡子が綴るエッセイ。
テーマは趣味であるという「散歩」。本人が実際に撮影した写真とともにお楽しみください。
「訳なし散歩」
ある日、起きてカーテンを開けると間違いなく散歩日和であった。じゃあ、川を見に行こうと思った。
アレクサー!今日の気温は?といつもは聞くけれども、こんなに散歩日和なんだ、どうかあたたかくあってくれ、と情報を得るのをやめて、デニムにロンT一枚。やっぱり少し不安になって薄めのナイロンパーカーをぺらぺらのリュックに詰める。そのほかいろいろ入れてごつごつしたリュックを背負い外に出た。
陽光、ありがとう。このあいだまで、春雨、花粉、黄砂に参っていたからだに染み渡るひかり。アレクサはこのところ毎朝、「今日のイネ科の花粉の飛散量は高めです、ブタクサの飛散量は低めです」と教えてくれる。昨日の今日である。だいたい予想はつくけれども構わない、この散歩のベストシーズンを満喫したい。花粉は飛び尽くしたということにして、マスクを外して深呼吸をする。
こんなにも春!うれしくて足がどんどん歩いていく。ミスタードーナツの店先、そこ!?という場所で体育座りをして誰かを待つ子どもがいる。入庫は2分、出庫は3分というコインパーキングを見て、無理!と思う。風が強い。
川のありそうな方向に適当に道を歩いていく。普段から散歩の目的はあまり無くて、あってもころころ変わることが多い。出かけてすぐ気分が乗らなくて帰る日もある。この日は、この気持ち良さをできるだけ長く味わい歩きたい、その結果川にぶつかったらいいなくらいの希望で進む。
先週のコーチェラ・フェスティバルのYoutube配信でチャーリー・XCXのライブを観た。去年リリースされたアルバム『Brat』をあまり聴きこんでいなかったなと思い出したのでイヤホンを着け、再生する。聴きながら、ビヨンセのツアーが始まっていることを思う。観に行くことは本当に不可能なのだろうか。日本とは様式が違うチケットサイトを見て、これ、チケットあるってこと……?怖い!とチェックアウト寸前まで進んではやめるを繰り返している。行けそうな日程の航空券を検索して、ロストバゲージ対策を伝えるYoutubeショートを眺めて何もせず、PCの電源を落とす、こんな日々とはおさらば。去年海外でエリカ・バドゥのライブを見た知人に連絡してみようと決意。
上り坂の大きな道路、脇の建物類がさっきより短く見えて、海が近い、と反射的に期待してしまう。バスを待つ白手袋をはめた人がこちらの視線にすぐ気づき目を逸らす。
小一時間歩いた。Googleマップを開くと、もうすぐに川にあたるらしい。最寄りのコンビニへ。アイスを持ったふたりが出てきた。暑いからアイスを食べる、寒いからあたたかいものを飲む、こういう判断が出来るのはすごいと思う。
ホットコーヒーを買って土手に出ると、あのふたりが橋の下の日陰に座ってアイスを食べている。私は青くて低いベンチに腰かけ、自分のテキストサイトを更新したことをSNSに投稿をした。コーチェラ・フェスティヴァル、レディー・ガガのステージも凄かったらしい。来週は観たいな。(コーチェラ・フェスティヴァルは2週末開催され、その都度配信がある)さてこの後、初めてのラーメン二郎を食べに行くか、それとも、川沿いを行くと空港か、空港行くか。コーヒーを飲み干しまた歩き始めた。
川はさすがに冷える。風が止むと暑い。ナイロンパーカーを脱いだり着たりする。砂利道にけもの道のように平らなところがあり歩きやすい。ふと川のほうを見ると細く舗装された道があり、そっちに行けばいいんだと向かう。歩いているといつの間にか、さっきの砂利道のすぐ横にも広くて舗装された道が現れている。そっちへ行くのはやめる。
自転車で乗りつけた釣り人集団に気を取られていると道が終わって、カラスの領域に侵入していた。振り向く先すべてにカラス。近くでみるとデカい。恐ろしくて引き返し、抜けられそうな高さの草むらを分け入り、ちがう道へ逃げた。気づけば川は遠く、水面は見えず、向かい風にもたれて歩くのは楽。
レディー・ガガの『Harlequin』というアルバムを再生する。『Smile』という曲のところで通り過ぎた自転車の人もSmileしていて、私もSmile。よく考えたら、フリスビーは取るほうだけじゃなくて投げる方も練習が必要だよな。取る方の犬はそのあいだくつろいでいる。青空のなかを輪郭の柔らかくなった飛行機がいく。ここではまだ轟音も聴こえず、とろりとした速さで斜め上方向にのぼっていく。
河川敷の道が終わり、土手に引き継がれる。だんだんと川が海の色になってきて、そのうち空港に着きそうだと感じる。さすがに足が痛くなってきてストレッチをしていると、同時にストレッチを始める人がいて運命かと見紛う。また歩けるようになる。
ふたたび道が終わり空港周辺に入る。言葉にするのが難しくて良い景色だった。真上を飛んでいく飛行機を目で追うとくらくらしながら「羽田エアポートガーデン」というところに着いた。帰ろう。即帰ろう。お腹も空いた。建物から直通の第3ターミナルまでは無心だった。帰りの電車で本の続きが読めるのが楽しみだった。
京急の改札に入ってトイレに寄る。手洗いの温水に触れて、つい「あったけ〜」とつぶやく。春とはいえ、冷えたらしい。
