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「おつかれ、今日の私。」vol.14

東京生まれの日本人。
現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」のMCを務める人気コラムニストで作詞家、プロデューサーのジェーン・スーが、毎日を過ごす女性たちに向けて書き下ろすエッセイです。

おつかれ、今日の私。 vol.14

名前がつくとスッキリすることってある。病院に行くのは不調を治したいからだが、医者から「風邪です」とか「胃腸炎です」と名前をつけてもらえると、このあとどちらに向いてなにをすればいいかはっきりする。深刻な病気ならそうもいかないかもしれないけれど、少なくともどういう状態かは把握できたという意味では一歩前進だ。

「マウンティング」とか「ハラスメント」なんて言葉もそう。なんとも説明し難い心のモヤに名前がついただけで、モヤモヤしていたのは私だけではないのだと、スッキリ心強くなる。他者に説明もしやすくなる。同時に、自分の行動にも気をつけることができる。

視覚的な認識は、より雄弁だ。体重計が存在するのは、数字に一喜一憂するためではない。ズボンがきつくなった、シャツのボタンが止まらなくなった、もしくはスカートがゆるゆるになったなんてことになる前に、視覚的にお知らせしてくれるのが数値というわけ。どうにも歩くのがしんどいと思ったら2キロ太ってたなんてこと、私にはよくある。ゆったりした服を好んで着ていると、2キロくらいじゃ気づかない。

名前がついたり視覚的に表されるのって、地図上で自分が立つ位置に印がつくのと似ている。いま自分はここにいるんだとわかると、次のアクションを起こしやすくなる。「アクション」と言っても、前向きな行動ばかりでなくてもよい。「なるほど、ならば仕方がない」と、潔くあきらめるのも選択肢のひとつになる。

最近気に入っているニューワードは「気象病」だ。雨が降ると古傷が痛んだり、気圧が下がると頭痛を感じる人が多いのは昔から知られていた。私にもその傾向が若干あるが、医学的根拠があるのかよくわからなかった。ほかにも「だるさ」「睡眠不足と無縁の眠気」「うつうつとした気分」など、気象病の症状はやる気のなさを連想させるものが少なくない。

出社した途端、机に突っ伏して寝てしまいたい。家事も育児も投げ出して、布団に戻ってしまいたい。だけどそうはいかないから、衝動を抑えてコーヒーを飲む。頑張れ頑張れと自分をなだめすかす。怠け者とは思われたくないから。そうやって我慢してしまう人も多いと思う。ホントにホントにお疲れさま。しかし、低気圧の日に限って言えば、もうその必要はないかもしれない。この現象に医学的根拠が見いだされ「気象病」という名前がついたのだから。ハレルヤ! 名前がついただけで、私の心はグッと軽くなった。

それだけではない。気圧の高低を視覚的に認識できるグッズもある。気圧計やウェザーボール、晴雨計と呼ばれるもので、気圧が下がれば球体のなかに入った色のついた水の水位が上がるような仕組み。地球儀やカエルのシェイプでどれも可愛らしく、インテリアとして部屋においておいても全く違和感がない。なにより低気圧のときにはびっくりするほど水位が上がるので、「こりゃ仕方がない!」とスッキリあきらめられ、己の不調に後ろめたさを感じなくて済む。高気圧なのに不調ならば、ほかの病気をあたることもできる。

ああ、名前がつくのって素晴らしい。目視できるのって素晴らしい。自分が立っている場所がわかれば、無駄に己を責めずにいられるから。これって不調の話だけではなくて、たとえば性別や肌の色に起因する不当な扱いだったり、ないことにされている問題など、深刻な事態にも言えること。自分のせいだと思わされていることって、実は意外とたくさんある。

ただし、都合のよい言い訳にしないよう、注意しなければとも思う。「それはあなた個人の問題でしょう?」と他人に諫められる筋合いはないからこそ、自ら気をつけるしかないのだ。この塩梅がとても難しく、「私のせいではないから気に病む必要はない」と「私ならやれるはず」のあいだをウロウロしながら、私は今日も明日も生きる。気をつけているポイントは、原因を見極めたあとの自分を好きでいられるかどうか。「気に病む」から抜け出せるかどうか。気に病むことは、なんにせよあまり役に立たないと、この年になるまでに痛いほど学んできた。そういう時は、朝からいい匂いのするボディローションを塗って、特に膝から下をしっとりピカピカにするといい。体温で温められたオイルから素敵な香りが立ち上ってきて、なんだかちょっと気がまぎれるのだ。


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ライター紹介

ジェーン・スー
コラムニスト/ラジオパーソナリティ/作詞家
東京生まれ、東京育ちの日本人。
現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」(月〜木11:00〜)のパーソナリティを担当。
毎日新聞、婦人公論、AERAなどで数多くの連載を持つ。
2013年に発売された初の書籍『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』(ポプラ社)は発売されると同時にたちまちベストセラーとなり、La La TVにてドラマ化された。
2014年に発売された2作目の著書『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』は、第31回講談社エッセイ賞を受賞。

その他の著書に『女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』(文藝春秋)、『今夜もカネで解決だ』(朝日新聞出版)、『生きるとか死ぬとか父親とか』(新潮社)、『私がオバさんになったよ』(幻冬舎)、脳科学者・中野信子氏との共著『女に生まれてモヤってる!』(小学館)がある

11月6日発売
最新著書『女のお悩み動物園』(小学館)
【特設サイト】https://oggi.jp/6333649
【twitter】:@janesu112
Ayumi Nishimura
イラスト
大学在学中よりイラストレーターとしての活動を開始。
2016年〜2018年にはニューヨークに在住。
帰国後も現地での経験を作風に取り入れ、活動を続けている。
【official】ayuminishimura.com/
【Instagram】:_a_y_u_m_1_/
【Twitter】_A_Y_U_M_1_
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