「おつかれ、今日の私。」vol.4
東京生まれの日本人。
現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」のMCを務める人気コラムニストで作詞家、プロデューサーのジェーン・スーが、毎日を過ごす女性たちに向けて書き下ろすエッセイです。
おつかれ、今日の私。 vol.4
「なんでしんどいのか、自分でもよくわからないんですよ」
34歳になったばかりの、女友達と呼ぶにはまだ少し早い、でもこれからもっと仲良くなれそうな知り合いの女性が言った。
彼女は絶賛婚活中だ。正確に言えば、のちのち結婚につながる恋愛相手を探している。つまり、「ちゃんと恋愛してから結婚したい」と思っている。
友人に紹介を頼んでみたが、ピンとくる出会いはなかったそうだ。いまはアプリを使って月に二度くらいデートをしているらしい。月に二度も知らない人と会うのは、それだけで疲れる。彼女ぐらいの年齢のころ、私も同じようなことをしていたのでよくわかる。
「先週の日曜日に会ったのは、お菓子作りが趣味の人でした。クリスマスになると、同僚に頼まれてホールケーキを焼くくらいの腕なんです。写真も見せてもらいました。デザインはちょっと古かったけど、すごく美味しそうでした」
幸先の良さそうな話なのに、彼女の表情は暗い。
「顔はアプリに載せていた写真とはやや違ったけど、誠実そうだったし、ちゃんとした会社で働いていたし……」
ならば、いったいなにが問題だったのだろう。
「自己紹介してすぐ、『いま住んでいる不動産は購入したものですが、立地が良いので売ることもできます。父親は亡くなっておりますが、母親は兄夫婦が面倒を見ることになっているので、同居や介護の心配はありません』って言われて」
ああ、それはしんどいね。
「カフェに入ったんですけど、それは彼に食べたいケーキがあったからなんです。『男ひとりでは入りづらいから』と言ってて。嬉しそうに写真撮って食べてて、いいことのはずなのに、なんかそれもしんどくて」
気が合う合わない以前のところで、彼女はつまずいてしまったらしい。
察するに、彼女のしんどさは、彼のしんどさと同質だ。婚活市場において、不動産を所有していれば加点、介護が透けて見えるなら減点、男のくせにひとり休日のカフェでケーキをつつくなんて、減点。でも彼女と一緒なら、OK。そう感じているであろう彼のしんどさは、初デートのときはいつもより「普通め」の服を着て、ひっつめ髪を降ろし、普段より少し大人しく振舞い、アプリのプロフィール欄に「趣味は料理」と、嘘ではないが本当でもないことを書いてしまう彼女のしんどさと背中合わせだ。私が過去に丸抱えしていた、いまもすべてを手放せたとは言えないしんどさとも。
条件だけで結婚相手を選べるタイプなら、彼女は彼を好ましく思ったかもしれない。でも、「ちゃんと恋愛したい」と思うから、条件じゃないなにかに触れて恋に落ちたいから、自分の鏡みたいな存在に怖じ気づいてしまった。それに、彼女の考える「ちゃんとした恋愛」は、自分に自信が持てない彼女を現時点より高みに上げて、肯定してくれるモノじゃなきゃいけない。同じしんどさを抱えた相手と、ともに歩いていく覚悟は彼女にはないのだ。
彼女も彼も、顔の見えない世間が作った規範にがんじがらめになってる。だって、そのほうが婚活には有利な気がするもの。好き同士が結ばれることをヨシとしながら、社会的承認を伴わないとバツを付けられる、世間のストライクゾーンに収まろうとする彼女と彼を、誰が責められよう。
こんがらがった彼女の心の塊を、瞬時に解きほぐす手立てはない。少しずつ少しずつ、自分で気付いていくしかないだろう。いまはとにかく、疲れた心とカチコチになった体を休めて欲しい。
「今日は、お高めのバスソルトを買いなさいよ」
そう彼女に伝えると、不思議な顔をされた。入浴が問題を洗い流すわけではないことは、私もよくわかっている。でも、「ああ、いい香り」とか「あたたかくて気持ちいい」とか、明るい気持ちになる瞬間を作ることは、暴飲暴食よりずっと自分にやさしい。今夜、彼女がバスタブのなかで、訳もわからずメソメソ泣けるといいな。まずはそこから。