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「おつかれ、今日の私。」Season3

東京生まれの日本人。
現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」のMCを務める人気コラムニストで作詞家、プロデューサーのジェーン・スーが、毎日を過ごす女性たちに向けて書き下ろすエッセイです。

おつかれ、今日の私。 vol.04

4月末の話になるけれど、ついに私も新型コロナに罹ってしまった。ワクチンも3回受け、日常生活でも十分に注意していたつもりだった。まあ、たいていの人がそうだ。それでも感染者は私の周囲にも日に日に増えていたし、こういうこともあるんだなと、私は私の不運に腹を括った。幸い症状は軽く、久しぶりに体をゆっくり休めることができた。まさに、おつかれ、今日の私。

十日ほど自宅に籠りっきりになり、それはまるで「精神と時の部屋」にいるみたいだった。愚にも付かないことを考える時間が、たっぷりできたとも言える。そして、すんごいことに気づいてしまった。我ながら世紀の大発見だと思う。それでは発表します!

「誰かに幸せにして欲しかったら、相手の幸せを真剣に願うしかない。だから、私は私の幸せを真剣に願っている人のことしか幸せにできない」

突然なにを?と思ったらごめんなさい。うなされるほどではないが、ややボーッとする微熱を帯びた頭と心でしばらく横になっていたら、急にネオ真理にたどり着いてしまったのだ。

友人、親子、恋人、配偶者。関係が密になればなるほど、愛をもってかかわる相手には、いつしか必ず不満が募る。どうしてこうしてくれないの、どうしてそういうことをするの、と。

ネオ真理にたどり着くまで、この問題の解決策は、相手への期待を下げることしかないと諦観していた。それもある程度は功を奏するが、期待値を下げ過ぎると「じゃあ、なんでこの人と一緒にいるのだろう?」という気持ちが湧いてくるのは否めない。「期待」と「愛」は別物のはずなのに、「期待」の出力だけを下げるのはとても難しく、それ以外の、明確で疑いようのない積極的な気持ちまで減少してしまうのだ。

愛には指向性がある。「指向性」をものすごくざっくり言うと、方向によって強度や感度が異なることを指す。愛において、上向きもしくは水平の方向を保つには、ある程度の強度や感度が必要だ。それらが弱ってしまうと、愛は下を向いてしまう。

だったら、上向きもしくは水平な愛の角度を保つのに必要な強度や感度を、自分本位ではない相手の幸せを真剣に願うことに使えばいいと気が付いた。すると、相手がこちらの都合に足りているか余っているかは、大きな問題ではなくなる。相手が相手の思う幸せな状態になるための手伝いを、相手が必要としている時にだけできるようになる。つまり、たいていの時は積極的に放っておける。

どうしても言わなきゃいけないことがあると思ったときは、相手を信頼して言葉を届ける。意図的に傷つけるのはよろしくないが、思ったことを真剣に伝えられたならば、そのあとギクシャクしたって構いやしない。伝えてから先、相手がどう解釈するかは相手の自由だもの。

相手本位の幸せを祈れるようになると、相手が幸せになればなるほどこちらも幸せになれる。期待値を下げるより、こっちのほうがずっと健康的な気がする。と同時に、不幸でいる自由も誰にでもある。しかし、ずーっとそれを望む人のそばに、私はいたいとは思わない。

ボーっとしたまま考えを巡らせていたら、同じことが自分にも言えることにも気づいた。私は、私の幸せを真剣に願ってくれる人のことしか幸せにできないのだ。幸せにできるかどうかは、こちらの能力の問題ではなかったということ。

そう考えると、親に嫌な思いをさせられた記憶がある人も、教師とソリが合わなかった人も、恋人にいつも傷付けられてきた人も、肩の荷が少し降りるかもしれない。あなたにいつも不満げだったり、条件をクリアしないと愛情を与えてくれなかったり、あなたにだけつらく当たっててきりしたのは、彼ら彼女らがあなたの幸せを真剣に願ってくれなかったからだ。「おまえのせいで不幸になった」なんてとんでもない。あなたのせいでもなんでもない。あなたが健やかな自尊感情を持てないのも、元はと言えばあなたのせいではないのかもしれない。

療養期間が終わり、大切な人たちに世紀の大発見について話をしたら、そのうちのひとりがこう言った。「自尊感情の欠如は怪我と同じようなもの。それを復調させるにはリハビリが必要だよね」と。

たしかに、そうかも。怪我なら誰もが一度は経験するし、治る可能性がある。リハビリに必要な時間や労力は人それぞれだが、自尊感情とは永遠に欠落したものではないとも言える。削られても戻せるのだ。年を重ねると自意識がマイルドになる人が多いのは、生きること自体がリハビリみたいなものだからかもしれない。

ホッとすると同時に、お互いの幸せをまっすぐ願える愛する相手を見つけるなんて、桁外れの奇跡じゃないかと絶望的な気持ちにもなった。ネオ真理への道は険しい。


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ライター紹介

ジェーン・スー
コラムニスト/ラジオパーソナリティ/作詞家
東京生まれ、東京育ちの日本人。
現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」(月〜木11:00〜)のパーソナリティを担当。
毎日新聞、婦人公論、AERAなどで数多くの連載を持つ。
2013年に発売された初の書籍『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』(ポプラ社)は発売されると同時にたちまちベストセラーとなり、La La TVにてドラマ化された。
2014年に発売された2作目の著書『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』は、第31回講談社エッセイ賞を受賞。

その他の著書に『女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』(文藝春秋)、『今夜もカネで解決だ』(朝日新聞出版)、『生きるとか死ぬとか父親とか』(新潮社)、『私がオバさんになったよ』(幻冬舎)、脳科学者・中野信子氏との共著『女に生まれてモヤってる!』(小学館)がある

11月6日発売
最新著書『女のお悩み動物園』(小学館)
【特設サイト】https://oggi.jp/6333649
【twitter】:@janesu112
Ayumi Nishimura
イラスト
大学在学中よりイラストレーターとしての活動を開始。
2016年〜2018年にはニューヨークに在住。
帰国後も現地での経験を作風に取り入れ、活動を続けている。
【official】ayuminishimura.com/
【Instagram】:_a_y_u_m_1_/
【Twitter】_A_Y_U_M_1_
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