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「おつかれ、今日の私。」Season2

東京生まれの日本人。
現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」のMCを務める人気コラムニストで作詞家、プロデューサーのジェーン・スーが、毎日を過ごす女性たちに向けて書き下ろすエッセイです。

おつかれ、今日の私。 vol.10

暑い。とにかく暑い。暑いのに加えてアレがアレだ。「アレ」には各自、不満を自由に入れてください。みんな同じような答えになるかもしれませんが。

正直、飽きた。暑いのにも、二度目の夏マスクにも、友だちに会いづらいのにも、ワイワイできないのにも、人混みに緊張するのにも。

前向きな気持ちをキープするのにも、いろんな意見が対立するのを見るのにも、親しい人とマナーやモラルが少しずれていることを感じるのにも疲れた。

誰かにガッカリすることにも、なにかを喜んだり楽しんだりすると怒られるんじゃないかと臆病になることも日常になってしまった。「こんなことがまかり通るのはおかしいんじゃない?」とか「あれはやりすぎじゃない?」を気軽に口にできないムードには、慣れたくないのに慣れちゃった。だって、いまや意見表明には相当の覚悟が必要だもの。「ちょっと賛同できないけれど、詳しく聞かせてよ」じゃなくて、「あなたはあっち側なのね!」って石が思いもよらぬ方向から飛んでくることが、少なからずあるんだから困ったもんだ。

自分の人生を他者に明け渡さず生きていくなら、意見を持つのは大切なこと。と同時に、他者と意見が異なることそれ自体は悪ではない。これは大・大・大前提の話。ただ、そこに暑さや感情やアレコレやが重なると、私はどっと疲れてしまう。赤の他人同士の意見が異なっているのを見るだけで、うまく距離が保てず気持ちがもたれてしまうのだ。フラフラと諍いに吸い寄せられることもある。同じように声を上げないのは大罪なのでは? と不安にすらなることもある。健やかな自信を保って暮らしていたはずだったのに、自分が正しいのかどうかわからなくなってくる。私のなかに「私」がなくなっている。

弱っている時は、世の中のいろんなことと自分の境界線が滲んでしまう。どこまでが私で、どこからが他者だかあいまいになるのだ。だから、無関係な出来事にグラグラ揺らされる。世間にはまったく自分と関係のないことなどないのだけれど、すぐさま心を砕いて万障繰り合わせ行動に移さなくてもよいこともある。正常な時はそれが判別できるし、意見を表明すること、持っていても言わないで行動に移すことの区別に苦労はない。

それができない時の自分を観察してみると、十中八九疲れている。もしくは、足元と目の前の現実から気持ちが離れてしまっている。現実から気持ちが離れると、やがて疲れが襲ってくる。どっちにしろ、こういう時は疲労という中州に辿り着くようになっている。そうしたら、一旦離れてほかのことをしたほうがいい。

冷笑のポーズを表明したくなった時は要注意。冷笑はタチの悪いあきらめだから。あきらめが功を奏する場合もあるが、疲労回復のために思考を一時停止するのと、考えたり心を痛めたりを放棄するのは別の話だもの。

冷笑してしまうこと、なくはないです。そしたら「いけないいけない」って帰ってくるようにしてる。軌道修正しようとするのは、問題の解決につながらなそうだから。裏を返せば時間をかけてでも、問題を解決したいからだ。冷笑は自分の心を凍らせ、他者との距離を作る。

容赦のない揚げ足取りや後ろ向きの愚痴は、揮発性の高い憂さ晴らしだとわかってくれる友達とのクローズドな場でだけはOKにしている。そういうのはお互い様。常に100%善人では、私はいられない。

境界線があいまいになってきたら、私をグラグラと揺らしてくる誰かの意見をじっと見つめてみる。果たして、そこに書かれていたり耳にしたりした言葉を、私は現実社会で自ら発し、行動に移せるだろうか。できないことなら、乗っからない。と同時に、できることから手を付けていく。それが唯一の正解ではないが、私の基準にはなっている。そうやって、自他を分ける境界線をくっきり引く。もうちょっと続きそうだけど、へこたれないよう息抜きしながらやっていこうではありませんか。


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ライター紹介

ジェーン・スー
コラムニスト/ラジオパーソナリティ/作詞家
東京生まれ、東京育ちの日本人。
現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」(月〜木11:00〜)のパーソナリティを担当。
毎日新聞、婦人公論、AERAなどで数多くの連載を持つ。
2013年に発売された初の書籍『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』(ポプラ社)は発売されると同時にたちまちベストセラーとなり、La La TVにてドラマ化された。
2014年に発売された2作目の著書『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』は、第31回講談社エッセイ賞を受賞。

その他の著書に『女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』(文藝春秋)、『今夜もカネで解決だ』(朝日新聞出版)、『生きるとか死ぬとか父親とか』(新潮社)、『私がオバさんになったよ』(幻冬舎)、脳科学者・中野信子氏との共著『女に生まれてモヤってる!』(小学館)がある

11月6日発売
最新著書『女のお悩み動物園』(小学館)
【特設サイト】https://oggi.jp/6333649
【twitter】:@janesu112
Ayumi Nishimura
イラスト
大学在学中よりイラストレーターとしての活動を開始。
2016年〜2018年にはニューヨークに在住。
帰国後も現地での経験を作風に取り入れ、活動を続けている。
【official】ayuminishimura.com/
【Instagram】:_a_y_u_m_1_/
【Twitter】_A_Y_U_M_1_
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