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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第99夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『アバンチュールはパリで』(2008年)
『キル・ボクスン』(2023年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

オススメの韓国映画色々 主にソル・ギョングとイ・ソンギュンとキム・ミンス

5月30日公開の『ダーティ・マネー』という韓国映画がとても面白い。公開館が少ないので恐縮だが、配信などが始まったら是非ご覧いただきたい作品だ。監督は『名もなき野良犬の輪舞(ロンド)』や『キングメーカー 大統領を作った男』の脚本家であるキム・ミンス。これが初メガホンを取った作品となるが、大変上手く出来ている。優秀な脚本家が良い監督になるとは決して限らないが、キム・ミンスに関しては安心してオススメできる秀作に仕上がっている。

『ダーティ・マネー』はギャンブル中毒で借金がかさんだ刑事と、その相棒で愛娘が大病を患っていて治療費を必要としている刑事のコンビが、中国マフィアがマネーロンダリングのために大金を動かすと聞き込み、その金を横取りしようと計画したことに始まる。しかし実行に移したとたん、顔の見えぬ第三者の乱入によって計画が失敗したあげく、想定外の死者が大勢出てしまう。現場から逃げおおせたあと、彼らはなんとか自分たちから捜査の矛先を他へ向けようと画策する。このストーリーの立て込み方は、『名もなき野良犬の輪舞』でも見事な手腕を見せていただけに、とてもハラハラする出来栄えになっている。

『名もなき野良犬の輪舞』をご覧になった方なら、この作品の面白さが折り紙付きなのはご存じだろう。刑務所で出会い、アニキのジェホと舎弟の関係になったヒョンスの二人が、強い絆で結ばれたかに見えつつも、苦労してきたジェホに猜疑心があるため、脆さがひそんだ関係性を描いている。また時間軸がいくつも重なっていくうちに、思いがけない真相が何度も明らかになっていく手法も痺れるものだった。

これから初めて観る方にも配慮して、『名もなき野良犬の輪舞』の重要な箇所の解説をネタバレせずに書きたい。ある人物AがBを銃で撃つシーンで、一発目ですでに死んでいるにも関わらず、Aは銃が空になるまで丹念に何発も撃ちこむ。それは、強烈な憎しみの表現である。しかしAは、すでに虫の息だったCを手にかける際に、体に触れて息の根を止める。AはこれがBだったら、触るなんて不快な行為はせず、体を離して殺せる銃を選ぶだろう。しかしCを殺すのに銃なんて冷淡なものは選べない。自分の手で密接に触れて殺すのが、せめてもの愛の証なのだ。わかりにくい文章で申し訳ないが、未見の方はぜひご覧いただいて、答え合わせをしてほしい。

『キングメーカー 大統領を作った男』は、『名もなき野良犬の輪舞』でジェホ役だったソル・ギョングと、『パラサイト 半地下の家族』のイ・ソンギュンが共演している。ポリティカルサスペンスで、ソル・ギョングが演じるキム・ウンボムは、実在の政治家だったキム・デジュンをモデルにしている。イ・ソンギュンは狡猾とも言える手段を使って、民主主義の実現のために、ウンボムを政界へ送り込み大統領にするまで参謀を務めあげつつ、そのやり方ゆえに表へ出られず、“影”という不名誉なあだ名で呼ばれるソ・チャンデ役だ。彼の取る手段は確かに褒められないかもしれないが、映画はその辺りをユーモアやサスペンス調で描いて、魅力的な政治劇に仕上げている。

イ・ソンギュンはわたしも大好きな俳優だったが、2023年末に、麻薬の使用を疑われて取り調べを受けたあと、48歳で自殺を遂げるという悲壮な最期を迎えてしまった。まだこの事件は思いだすだけで胸が痛む。実力派の売れっ子俳優だっただけに、まだまだ彼の面白い映画が観たかったと、詮無いことを考えてしまう。

<オススメの作品>
『アバンチュールはパリで』(2008年)

『アバンチュールはパリで』

監督:ホン・サンス
出演者:キム・ヨンホ/パク・ウネ/ファン・スジョン/イ・ソンギュン/キ・ジュボン

『キングメーカー 大統領を作った男』でイ・ソンギュン演じるソ・チャンデが表に出られない理由に、彼が北朝鮮出身ということもあった。イ・ソンギュンが北朝鮮人の役だった映画に、ホン・サンスの本作もある。パリで若い韓国人が集まる際に、カメオ出演的だがソンギュンが一人だけ北の人間ということで、方言もちょっと違う。このシーンはコミカルだった。男がだらしないホン・サンス映画の中でも、主役の男のテキトーぶりが筆頭に上がりそうな一本。

『キル・ボクスン』(2023年)

『キル・ボクスン』

監督:ピョン・ソンヒョン
出演者:チョン・ドヨン/ソル・ギョング/イ・ソム/ク・ギョファン/キム・シア/イヨン

ソル・ギョングほど、カメレオン俳優という言葉の似合う人はいないと思う。『名もなき野良犬たちの輪舞』や本作では、文句のない2枚目なのに、映画によってはまったく面相が変わってしまう。本作の主人公はチョン・ドヨンが演じるシングルマザーの殺し屋ボクスン。そのボスのチャ・ミンギュをソル・ギョングが演じている。引退を考えるボクスンは迷いから任務に失敗し、組織から追われる身となってしまう。自分が手塩にかけて育てたボクスンに複雑な想いを抱くソル・ギョングがとてもカッコイイ一作。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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