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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第95夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『永遠に美しく...』(1992年)
『セクレタリー』(2002年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

女性の様々な欲望の、些細な違いについて

Me Too運動によって、「優位な立場を利用してセクハラ、パワハラをしてはいけない」ということが、一般の人々にも周知されたかと思う。ただ現実的な問題として、どこまでがセクハラで、どこからが許される恋愛のアプローチになるか、というのは難しいだろう。好意を持っても告白だけで訴えられるのではと、不安を抱いてしまった人もいるかもしれない。

また別の話題になるが、「女性を年齢で測らない」というのも肝に銘じた人は多いだろう。これまでの、50代の男性俳優の恋人役に、30代後半の女優は老けすぎているとされたハリウッドの世界。そういった価値観を改めようとする意識が動き始めている。ただ現実では男性俳優が結婚や再婚をすると、20歳や30歳くらい若い女性が伴侶になるのは頻繁に目にする。その逆に、女性がはるかに年上というケースは稀なので、そういったカップルは何かとニュースになる。

3月28日公開の『ベイビーガール』は、「女性にも性欲・性的妄想があり、特殊な性癖があっても合意があれば、行為中は欲望を満たしていい」という性に大らかであろうとする話題を取り扱っている。ニコール・キッドマンが演じる、CEOという立場にあるロミー。彼女は女性を尊重してくれる夫ジェイコブ(アントニオ・バンデラス)という伴侶に恵まれているが、じつは被虐的な性的欲望を持っているロミーにとって、丁重な夫との営みは物足りないものだった。そんな折、インターンで入ってきた青年サミュエル(ハリス・ディキンソン)と対面するなり、二人の間で引き合うものがあった。彼はサディスティックな主人として振舞う性的嗜好の持ち主であり、隷属願望のあったロミーは彼との情事に溺れていく。

女性監督と定期的に仕事をするよう意識し、出世の機会を与えてきたニコール・キッドマンが、Me Too運動の細かな誤解を是正するように、『ベイビーガール』を主演作に選んだことは、ちゃんと認識しておきたい。相手と性的妄想や欲望を分かち合うのを恐れて止めてしまう必要はない。合意を確かめ合ったのなら、SM的な関係性を結んでもいいのだし、女性が被虐的な行為を望んだ場合、どこまでがOKかを確認しあえば男性が支配的になっても構わないのだ(もちろん同性同士でも同様)。このテーマをニコールが差し出した意味を、ちゃんと男女とも汲んでおきたいと思う。

デミ・ムーア主演の『サブスタンス』も、デミ・ムーアが20代と変わらぬナイスバディを披露していて、年齢で女性を判断する難しさを見せつけている。ただ、50~60代の女性が20代と同じ肢体を維持することが、多くの女性にとっては幸せだろうか?本作では男性が女性に若さを望むのと同時に、女性みずからも若さを望む。まるで『白雪姫』の女王のように、いつまでも一番若くて美しいのは自分でありたいと願うのだ。しかし人間は老化には抗えないものだし、女性の50代は50代なりの美しさがあり、内面の充実があると伝える方が、同じ女性としては生きやすい世の中になるのではないだろうか。アカデミー賞で主演女優賞をデミ・ムーアが逃した結果も、やはりそういった本作の呪縛に根差しているのではないかと思う。

『ベイビーガール』は蓋をされていた女性の欲望を開放する作品だ。『サブスタンス』も男性の罪深い女性の若さを貴ぶ傾向に、影響される女性の悲劇を描いているともいえる。ただそんな年齢の呪いから女性を解き放つのではなく、女性みずからが自分の若さを愛し、能動的に執着するという、フェミニズム的な時勢との逆流を描いてしまったのが、本作の欠点といえるのではないだろうか。

<オススメの作品>
『永遠に美しく...』(1992年)

『永遠に美しく...』

監督:ロバート・ゼメキス
出演者:メリル・ストリープ/ブルース・ウィリス/ゴールディ・ホーン/イザベラ・ロッセリーニ/イアン・オギルビー

永遠と書いて「とわ」と読ませるタイトル。この時期、本当に年をとることを忘れたようだったゴールディ・ホーンと、抗わずに年齢を経ているメリル・ストリープが、ライバル関係となって若さに執着するコメディファンタジー。ラストまでかなり毒々しいブラックさが畳みかけられていて、痛快ですらある。本作も男性に若く見られたいということより、女性が能動的に自己満足のため若さを求め続ける話だ。

『セクレタリー』(2002年)

『セクレタリー』

監督:スティーヴン・シャインバーグ
出演者:
ジェームズ・スペイダー/マギー・ギレンホール/ジェレミー・デイヴィス/レスリー・アン・ウォーレン/スティーヴン・マクハティ/パトリック・ボーショー

本作も職場でのSM関係を、上司の男性がSの設定で描いているが、セクハラやパワハラを感じさせない構成が非常に巧い。これは監督のスティーヴン・シャインバーグとともに脚本を担当している、エリン・クレシダ・ウィルソンの手腕によるところが大きいだろう。自傷行為をやめられなかった女性リー(マギー・ギレンホール)を、上司のエドワード(ジェームズ・スペイダー)がリーにひそむマゾヒズムを代替行為として開花させ、自傷を止めさせる癒しの物語となっている。マギー・ギレンホールは現在もハリウッドで活躍中だが、やはり自分が受けた、映画界で女性の年齢的な若さが必要とされる問題を、公にした一人だ。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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