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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第94夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『ビリー・ザ・キッド 21歳の生涯』(1973年)
『ベルリン・天使の詩』(1987年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

ミュージシャンにまつわる映画

本日2月28日から公開の『名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN』は、ティモシー・シャラメがボブ・ディランを演じる伝記映画である。これが非常に良い出来で、ディランの謎めいた雰囲気を、菫色にけぶったような目元が印象的なシャラメが嫌味なく再現している。まだ19歳ながらウディ・ガスリーに憧れて、ニューヨークにやってきたディランはすぐさま頭角を現す。恋人になったシルヴィや、すでに売れっ子ミュージシャンだったジョーン・バエズの間を、心の赴くままに行き来しながら、ディランの音楽は次第にアコースティックから、エレクトリックを取り入れるようになっていく。

監督のジェームズ・マンゴールドは、昔から個人的に大好きな監督で必ず観るようにしているが、フィルモグラフィーは『コップランド』『17歳のカルテ』といった人間ドラマもあれば、サイコスリラーの『アイデンティティー』やトム・クルーズとキャメロン・ディアスのラブコメ『ナイト&デイ』、そして『ウルヴァリン:SAMURAI』と、たいそう節操がない。でもどれも面白いので、信頼している監督だ。

『名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN』は驚いたことに、すべての歌をティモシー・シャラメ自身が歌っている。普段のシャラメの声と違って、ボブ・ディランの生霊を呼び寄せたように、よく似た歌声でビックリさせられる。撮影がコロナ渦で延期になって練習する時間が取れたために、歌はもちろんギターやハープの演奏も見事だ。ちなみにディランの憧れの人であったウディ・ガスリーを描いた、ハル・アシュビー監督の『ウディ・ガスリー わが心のふるさと』も非常に高い評価を得ている作品である。また、マンゴールドは音楽映画だと、ホアキン・フェニックスがジョニー・キャッシュを演じた『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』も監督している。

4月25日公開の『バースデイ・パーティ/天国の暴動』は、ニック・ケイヴが在籍したバンド、バースデイ・パーティの軌跡を追った作品で、ケイヴが「ジョニー・キャッシュが好きだった。音楽が邪悪なものになり得ると教えてくれた」と語る。わたしは10代の頃からニック・ケイヴのファンで、ライブに行ったり、CDはもちろん詩集も買ったりしていた。ニック・ケイヴが登場する映画で有名なのは、ヴィム・ヴェンダース監督の『ベルリン・天使の詩』だ。ケイヴは本人役でライブシーンに登場し、少しだけセリフもある。有名な作品だが、もし未見の方がいたら、優しい映画なのでぜひご覧いただきたい。『バースデイ・パーティ/天国の暴動』の製作総指揮もヴィム・ヴェンダースが担当している。

<『バースデイ・パーティ 天国の暴動』予告編>

<『バースデイ・パーティ 天国の暴動』予告編>

ニック・ケイヴも映画と縁のある人で、同じオーストラリア出身のジョン・ヒルコート監督作品に、出演、音楽、脚本など様々な形で関わってきている。特に初期の作品で『亡霊の檻』という、刑務所を舞台にした映画は実際の囚人を登場させるという異色作だった。ニック・ケイヴはここに送り込まれる不穏な囚人で、彼のわめき散らす態度で徐々に他の囚人たちも狂っていくという、前衛的なスリラーだった。公開後にVHSがわずかに出た程度なので、改めて観やすいソフトを再発してほしい。

ニック・ケイヴは双子の息子たちがいたが、アーサーが15歳という若さで転落事故によって亡くなるという悲劇に見舞われた。双子のもう一人のアール・ケイヴは、現在俳優として活躍中である。3月14日公開の『スイート・イースト 不思議の国のリリアン』にもメインで出演していて、父親の若い頃にとても似ている。個人的に本作はちょっと苦手だったが、好みが分かれそうな作品という印象だ。

<オススメの作品>
『ビリー・ザ・キッド 21歳の生涯』(1973年)

『ビリー・ザ・キッド 21歳の生涯』
監督:サム・ペキンパー
出演者:ジェームズ・コバーン/クリス・クリストファーソン/ジェイソン・ロバーズ/ジャック・イーラム/リチャード・ジャッケル/ケティ・フラド/ボブ・ディラン

本作にはボブ・ディランが俳優として出演している。ビリー・ザ・キッド(これもカントリー歌手のクリス・クリストファーソン)の仲間となるエイリヤスという役だ。エイリヤスは別名、偽名という意味なのだが、彼はそれが名前なのだという。どこか掴みどころのない態度が、ボブ・ディランそのままのように見える。ディランは映画全体の音楽も担当しており、特に『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』が名曲として知られる。映画でこの曲が流れる場面の哀愁の漂い方は、サム・ペキンパー監督の作品中でも白眉だ。

『ベルリン・天使の詩』(1987年)

『ベルリン・天使の詩』
監督:ヴィム・ヴェンダース
出演者:ブルーノ・ガンツ/ソルヴェーグ・ドマルタン/オットー・ザンダー/クルト・ボウワ/ピーター・フォーク/ニック・ケイヴ

天使が人間になることを望む、映画史に残る作品である。ピーター・フォークの役柄に感激した人も多いだろう。この映画が有名なので、出演しているニック・ケイヴをドイツ人だと勘違いしている人もいるが、彼はオーストラリア人だ。6月公開の『かたつむりのメモワール』というストップモーションアニメでは、ニック・ケイヴがピンキーという老婆の二番目の夫の役で、少しだけ声優として出演している。これもオーストラリア映画で、オーストラリア人というのはハリウッド進出した俳優たちといい、結束が固い。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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