
「映画でくつろぐ夜。」 第93夜
知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。
「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」
自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。
■■本日の作品■■
『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』(2017年)
『キャリー』(1976年)
※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。
様々なタイプの毒母の映画
「毒親」とか「親ガチャ」「子ガチャ」という物騒な言葉がすっかり定着したが、それ以前はなんと呼んでいたのだろう。突然近年になって母子の関係性が崩れたわけではなく、わたしたちの両親、そして祖父母の世代でも、母親との軋轢に苦しんだ女性たちがいたはずだ。実際に筆者の周囲でも、「おばあちゃんとお母さんの仲が悪い」という家庭がいくつもある。きっとその祖母は、曾祖母とも良い親子でいられなかったために、自分も娘との接し方がわからないという悪循環が起こっているのではないか。
ウディ・アレン監督作の『インテリア』には、インテリアデザイナーであるイヴという母親が登場する。夫のアーサーとは結婚30年を迎え、三人の娘たちは独立している。しかしある日、アーサーはイヴに離婚を切り出す。精神的に夫に依存していたイヴは、別れに耐えられず発作的な失踪や自殺未遂を起こすようになる。
娘たちも当然、生きる上でそれぞれ不安はある。長女レナータの夫婦は類似した執筆仕事ゆえに、妻の名声に夫が嫉妬するいびつな状態にある。そして姉妹同士は、母親から平等に愛されていないという認知のズレがある。イヴはそんな娘たちの話し相手になるどころか、自分の身に起こった出来事すら受け止めきれていない。娘たちはみな冷静なタイプで、中年の域に入って女性としての役割の不条理や、しんどさを経験してきている。特に母親が繊細なメンタルの持ち主であって、ひとりの女性として娘たちの精神的介助が必要なのだとわかっている。しかし、母はそんな娘たちからの愛に気づく余裕はなく、孤独のなかで終焉に向っていく。
逆に精神的に強すぎるあまり、エゴイストである母親を描いたのが、イングマール・ベルイマン監督の『秋のソナタ』だ。イングリッド・バーグマンが演じるシャルロッテは世界中を飛び回るピアニスト。家庭に収まる器の人物ではなく、夫と娘たちを捨てて出奔した過去がある。大人になった娘のエヴァは、母が愛人と死別したことを知って、自分が夫と暮らす牧師館に母を招く。しかし母子で過ごす間に、エヴァは才能ある母親から抑え込まれた鬱屈や、暴君のように支配された抑圧への怒りが噴出する。エヴァを演じるリヴ・ウルマンの一見地味な中年となった娘像が、母の自己本位性を糾弾する激しさの転調を際立たせる。
しかし機嫌を損ねた母が旅立ってしまうと、エヴァは母に赦しを請おうとするのである。母と子は唯一の存在という弱みが、こうやって憎悪を再び心の奥に無理やり押し込んで、娘たちを絡め取っていく。
有名女優ジョーン・クロフォードが養女にしたクリスティーナは、のちに義母から虐待を受けた経験を暴露本で告発した。その書籍の映画化が『愛と憎しみの伝説』だ。実話なのだが、成長したクリスティーナも女優となって昼ドラに出始めたものの、子宮の病で緊急入院することになってしまった。すると29歳のクリスティーナの代役に、64歳のジョーンが名乗り出て撮影が行われた。年齢はもちろん、まさか昼ドラにハリウッドの大御所女優が代役で? 娘の若さへの嫉妬や当てつけなのか、この出来事は当然伝説となった。他にも『愛と憎しみの伝説』では、ジョーンがクローゼットの服を「どうしてワイヤーハンガーにかかっているの?! こんな安物のハンガーを我が家に持ち込むなんて!」と絶叫しながら、ワイヤーハンガーで子どもたちをぶつシーンがある。虐待が気分によって、もはやどんなこじつけでも勃発するリアリティとともに、この映画における、あまりのくだらない理由に失笑を呼ぶシーンとして知られている。
<オススメの作品>
『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』(2017年)
『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』
監督:クレイグ・ギレスピー
出演者:マーゴット・ロビー/セバスチャン・スタン/アリソン・ジャネイ/マッケンナ・グレイス/ボヤナ・ノヴァコヴィッチ/ジュリアンヌ・ニコルソン
実在のフィギュアスケーター、トーニャ・ハーディングをマーゴット・ロビーが演じた作品。トーニャは幼児の頃から、母親のラヴォナ(アリソン・ジャネイ)に罵声を浴びせられ、暴力を振るわれるスパルタ教育でスケートを学んだ。成長した彼女はずば抜けた馬力を持っていたが、品位や華麗さに欠けるため点数が振るわない。母娘はその伸び悩みを、お互いを責めて最終的に音信不通となってしまう。鬼コーチは昔から存在するが、それが常に煙草をくわえた母親となると別だ。幼いトーニャが大好きだった父親も、彼女を見捨てて家を出て行った。トーニャの成功を阻んだのは、母親が作り出す荒廃した家庭の雰囲気だった。
『キャリー』(1976年)
『キャリー』
監督:ブライアン・デ・パルマ
原作:スティーヴン・キング
出演者:シシー・スペイセク/パイパー・ローリー/ウィリアム・カット/ジョン・トラヴォルタ/ビリー・ノーラン
母と娘の軋轢といえば、本作が代表作だろう。キャリーを演じたシシー・スペイセクの浮世離れした顔も恐ろしかったし、狂信的なキリスト教信者を演じる、母親役のパイパー・ローリーの演技や表情も狂気じみていて、キャリーの境遇に同情してしまうものがあった。母親は性欲を汚らわしいものとして憎悪しており、自分と夫がその不浄な行為に及んでしまった際に出来たキャリーに、自分の犯した罪を見ている。そのため、母は娘に性的な教育は一切せずに育てあげ、キャリーは初潮の訪れでパニックになる。キャリーは超能力の持ち主だが、彼女が周囲になじめなくなってしまったのは宗教狂いの母親の影響だ。
※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。