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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第90夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『明日泣く』(2011年)
『夜明けのすべて』(2024年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

男女の友情を描いた映画は、辛辣だった

昔から「男女の間に友情は成立するのか」という話題は、何度繰り返されてきただろうか。映画の世界からすると、これだけたくさんの映画が生産された中で、スパッと「男女の友情を描いた映画はこれです!」というものはなかなかなくて、恋愛が関与してこない友情のみを切り取った映画は、本当に思い浮かべるのが難しい。

まずこのテーマを語るうえで、絶対にタイトルが出る『恋人たちの予感』(89年)からして、男女が時間をかけて結ばれるまでを描くラブコメの王道だ。結局、友情で終わる存在は脇役の物語であったり、もう他にステディがいたりする。どこかでたびたび恋愛というふるいにかけられているのだ。過去に恋愛関係にあって今は友人、というのもこの場合はナシだろう。最初から恋愛感情のないセックスパートナーというのも当然違う。自分の恋人にセフレを紹介されて、「友人か」なんて受け入れる映画は、別の倫理観をまず説明しないとならない。

ずっとこの「男女の友情関係」を気にして映画を観てきて、じつは男女が非常に親密になって、友人なままだが、他の人間が割って入れないほどの関係になるジャンルは発見している。ただし、この恋愛にならない友情映画は、なぜかとても死や狂気の香りが伴ってしまう。不思議だけれど、二人だけの世界になって、愛ではない信頼や人としての救済の物語になると、深い心の領域に入ることになってしまうのだ。

韓国映画でわたしが一番愛しているのが、女性監督イ・スヨンの『4人の食卓』(03年)だ。大変申し訳ないが、ホラー映画でグロテスクな描写もある。公開当時も女性監督がここまで踏み込んだ映画を撮るのか、という衝撃があった。説明的なセリフが少なく、映画内で起こっている出来事も複雑なためわかりにくい映画だが、軸となるのは「信頼」だ。

主人公のジョンウォンは結婚を控えている。彼には幼少時の記録や記憶がないという、非常に気がかりな事柄があった。ある日、チョン・ヨンという女性と知り合うが、彼女は幽霊や過去が見える体質だった。ジョンウォンは嫌がるチョン・ヨンに「絶対にあなたを信じる」と告げて、彼の過去を見てもらう。チョン・ヨンも彼の言葉を信じて、彼の過去を覗いて語る。

しかしそれは、あまりに残忍な経験だった。惨いゆえ無意識に記憶を抹消したかもしれないほどに。ジョンウォンは酷い衝撃から、到底受け入れることが出来ずに、思わずチョン・ヨンに「あなたを信じていない。間違いだった」と告げる。それは、心が壊れかけていたチョン・ヨンにとってとどめの一言となる。この後のチョン・ヨンの衝撃的なシーンは、彼に一縷の望みをかけていたのに、信じてもらえなかったことがどんな結果をもたらすかを、世にも美しい窓の光芒で表す。

逆に異性の友の言葉が救いになるのは、『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』(19年)だ。気象学者のジェームズ・グレーシャーは、パイロットのアメリア・レンと、気象データを集めつつ、最高高度到達記録を更新しようとしていた。それはあまりに破天荒な行為で危険が予測された。

アメリアには、過去に夫との飛翔でトラブルに見舞われ、夫は彼女を助けるために彼女の目の前で犠牲になった過去があった。グレーシャーとの長い気球旅行でも、再び危険な状態に見舞われる。アメリアは夫の喪失感や、彼を死に追いやった罪悪感で疲れ果てており、今度は自分が犠牲になろうとする。だがグレーシャーはどちらも死ぬことなく、二人で帰還することを選び必死に努力する。これは、アメリアの命を二度救うことになる。夫を失って(もう死んでも構わない)と捨て鉢になっていた心と、今直面している危険から、どうしても生きて帰らなければならないと、生きる欲求を持ち直したことで。地上に帰った彼女はもう、夫の面影に前向きに生きる後押しの愛を感じるだろう。

<オススメの作品>
『明日泣く』(2011年)

『明日泣く』

監督:内藤誠
出演者:斎藤工/汐見ゆかり/武藤昭平/井端珠里/奥瀬繁/坪内祐三/杉作J太郎

筒井康隆原作の『俗物図鑑』などを手掛けた内藤誠監督が、色川武大の小説『明日泣く』を映画化。原作より若く設定されていて、作家を目指しつつ、無頼で賭博ばかりやり、まったく小説を書きださない主人公の武(斎藤工)と、エキゾチックな美貌を持ち、ジャズピアニストを目指すキッコ(汐見ゆかり)の腐れ縁を描く。キッコはジャズナンバーの「明日泣く」を好み、武は闇雲に生きるキッコが明日泣く姿をどこか期待している。しかし自分たちに似たものも感じていて、彼女が泣かなければいい、という複雑な気持ちも抱いている。恋愛感情はないが、どこかいつも頭の片隅にあって、偶然出会うことも多い不思議な男女の物語。ラストの突飛なすっぽ抜け感が、キッコにふさわしくて良い。

『夜明けのすべて』(2024年)

『夜明けのすべて』

監督:三宅唱
原作:瀬尾まいこ
出演者:松村北斗/上白石萌音/渋川清彦/芋生悠/藤間爽子/久保田磨希/足立智充

今の日本映画の第一線をゆく三宅唱監督。本作を観たとき、初めて男女の恋愛感情のない映画が、これほど心地良くて、ずっと観たいと思って待っていたんだと気が付いた。PMS(月経前症候群)で月に1度イライラを抑えられなくなる藤沢(上白石萌音)と、彼女の会社に転職してきたばかりなのに、やる気がない山添(松村北斗)。彼もまたパニック障害で苦しんでいた。病気を抱えた二人が同じ会社になったのにも事情があったりして、皆が互いに苦しみを理解し、受け止めようとする優しい映画。男女に恋愛関係がないと本当に気楽に観られる。今年一番好きな作品だ。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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