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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第88夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『アイズ・オン・ユー』(23年)
『ヒッチ・ハイカー』(53年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

俳優が監督した映画

昔から映画監督以外が監督した映画に興味があった。餅は餅屋というように、映画に携わっていてもみんなが監督の才能を持っているわけではない。たとえば巨匠のマイケル・パウエル。彼はエメリック・プレスバーガーとの監督・脚本・製作のコンビで能力を発揮し、『赤い靴』(48年)や『ホフマン物語』(52年)といった名作を残した。しかし後年に、単独で撮りあげた監督作『血を吸うカメラ』(61年)では、別人の作品のごとく酷評された(でも異形の名作なのに……!)。そしてやはり『赤い靴』の撮影を担当したジャック・カーディフも、現役の終わり頃に突然『悪魔の植物人間』(73年)という監督作を残している。タイトルだけで、B級なのはおわかりいただけると思う。

先日、『ピッチ・パーフェクト』シリーズなどの人気作で知られる、女優アナ・ケンドリックの初監督作品『アイズ・オン・ユー』(23年)を観た。これは良い出来栄えだった。実在の連続殺人鬼ロドニー・アルカラと、アナが演じる俳優を目指すが芽の出ない女優を描いた映画だ。冒頭のオーディションで、プロデューサーがアナに小馬鹿にした質問と「ヌードはいけるよね?」と尋ねるだけで、ウヘーッとなってしまう女性の受難も当然登場する。

昔、ライアン・ゴズリングが監督した『ロスト・リバー』(14年)を観たとき、とても下手でびっくりした。そこには珍しく(あ、本当に本人が作っているんだな)という生々しい自主制作感があった。でも考えてみると、初めて撮った映画で、つなぎや諸々が上手くいっている方がおかしいのだ。映画はそんなに簡単なものじゃない。それに比べると『アイズ・オン・ユー』は水準をクリアした良い出来だったので、もしかして撮影や編集の専門職にかなり任せているのかもと勘繰ってしまったが、いま人気のカメラマンたちではあるものの、特に彼らの能力に支配されている印象もない。アナ・ケンドリック自身が、有能な人々を取り込む能力に長けているのかもしれない。

時系列が複雑で、特に説明もなく、アナに会う前と会った後もアルカラの殺人は連なっていく。彼は100名以上を殺害したと言われていて、未解決の事件が多いのだ。そして彼は殺人の旅を続けている最中に、「デートゲーム」というテレビ番組に出演しており、それがこの映画でアナ・ケンドリックとの出会いの場になる。番組中はアルカラのことが知的に感じられて、ヒロインのアナは好印象をいだくのだが、その後食事に行くと彼の自尊心や怒りっぽさを目の当たりにし、すぐさま後悔することになる。

女優で監督も兼業した先駆的な存在には、アイダ・ルピノがいる。彼女の監督代表作は、自動車旅行中の男性二人が銃を持った連続殺人犯を乗せてしまい、事件に巻き込まれる『ヒッチ・ハイカー』(53年)だ。ゴリゴリのスリラーで、むさくるしい男性しか出てこない骨太な作品である。女性が主人公の『暴行』(51年)も、戦後すぐにこんな映画が作られていたことに驚く方もいるのではないだろうか。

『暴行』は仕事で遅くなった若い女性が、帰宅途中に誰かがつけてくることに気づく。傍らの建物の壁に貼られ、色褪せ剥がれかけたピエロのポスターが恐ろしい。転んで悲鳴をあげても助けは来ず、男に追い詰められてもはや恐怖で身がすくんで、固まってしまうだけだ。暴行を受けた彼女は警察に被害届を出し、後日面通しをさせられる。まだマジックミラーにもなっていない、同じ室内で容疑者たちの顔を見る方式だ。ショックが大きすぎてどうしても顔を思いだせない彼女は、忸怩たる思いで自分を責め続ける。そして後日、祭りの日に無理にキスしてこようとした男性を、スパナで殴りつけてしまう。「自分の身は自分で守らねば」という気持ちが、思いがけない過剰防衛へと発展していく。最初に襲われた際の、怖くて体がいうことを聞かず、逃げられなくなる恐怖の感覚は女性なら頷いてしまうものだろう。

映画はいつ頃、誰が監督したかという演出の違いを見比べても面白い。映画について考えていると、飽きることがなくてキリがないから困ってしまう。

<オススメの作品>
『アイズ・オン・ユー』(23年)

『アイズ・オン・ユー』

監督:アナ・ケンドリック
脚本:イアン・マックアリスター・マクドナルド
出演者:アナ・ケンドリック/ダニエル・ゼヴァット/トニー・ヘイル/ニコレット・ロビンソン/オータム・ベスト

たまたま通りかかったアルカラに、引っ越しを手伝ってもらったお礼に部屋にあがってもらい、飲み物を出す女性が登場する。小柄な男性に比べても体格の良い人だ。しかし彼女も抵抗虚しく、アルカラの毒牙にかかってしまう。本気で殺しにくる男性に比較したら、まさか殺害してまで抗うことを躊躇する女性は、どうしても負ける。

アナ・ケンドリックは良い具合に年をとっていて、可愛らしいが知性が滲んでいて存在感がある。

『ヒッチ・ハイカー』(53年)

『ヒッチ・ハイカー』

監督:アイダ・ルピノ
出演者:エドモンド・オブライエン/フランク・ラヴジョイ/ウィリアム・タルマン/ホセ・トーヴェイ

連続殺人鬼がはびこり、被害者がヒッチハイクをしていたという報道があっても、アメリカで車を乗り継ぐ旅の文化が続いているのが不思議だ。同類の映画で、『ヒッチャー』(86年)はカップルが運転する車に、ナイフを持った連続殺人鬼のルトガー・ハウアーが乗り込んでくる。イタリア映画の『ヒッチ・ハイク』(77年)も、倦怠期を迎えた夫婦の車に、立ち往生していたデイヴィッド・ヘスが乗り込む。デイヴィッド・ヘスはいろんな映画で、偏執的な大量殺人鬼の役をやっているので、彼を車に乗せた時点でロクなことが起こらないのが容易に想像がつく。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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