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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第84夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『オーファンズ・ブルース』(2018年)
『佐々木、イン、マイマイン』(2020年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

いま、日本映画の若手監督が熱い! ~ポスト濱口竜介を探そう!

この夏から秋にかけて、日本の若手監督の映画が立て続けに公開となる。試写で拝見していてもレベルが高くて、感嘆してばかりだ。すでに海外の映画祭に出品され、賞を受賞している作品も多い。まだ商業的に認知されていないのか、ソフト化や配信などが進んでいない監督も多いが、もしお休みの日に映画を観に行く気分だったら、ぜひ「やることリスト」に加えておいてほしい。ポスト濱口竜介となっていく可能性のある監督たちだ。

いま話題の筆頭なのは、まだ二十代の山中瑶子監督による『ナミビアの砂漠』だろう。堂々たる作風で、この玄人っぽさはなんだろうと思う。現在は大御所となった監督たちも、二十代の頃の作品はそれなりに自主制作の稚拙さがあったのに、山中瑶子はすでに完成されているし、さらにのびしろも感じる。主演の河合優実も間違いなく、今年の主演女優賞の一番候補だろう。6月に公開された入江悠監督の『あんのこと』では、毒親の下で思い通りに生きられずに圧し潰されていく少女を演じ、『ナミビアの砂漠』では自由奔放に動かずにいられない女の子という、真逆のキャラを演じている。映画『ルックバック』では声優の仕事もこなし、出演作に恵まれているのもまさに今年の顔といえるだろう。

個人的に試写で泣いてしまったのが、9月27日公開の五十嵐耕平監督『SUPER HAPPY FOREVER』だ。この映画についてはネタバレを避けたいので多くは語れない。序盤では荒んだ男性の主人公がリゾート地を訪れ、閉鎖間近で閑散としたホテルに宿泊する。彼は以前来た際の無くし物を捜しているのだが、詳細がおぼろげで話も心もとない。けれども時制軸の変化とともに、記憶の伏線が宝石のようにきらめいて回収されていく。散りばめたモチーフが愛や愛おしさゆえに、根幹の喪失がゾッとするほど迫ってくる、非常に見事な脚本だ。

空音央(そら・ねお)監督は、昨年逝去した坂本龍一の息子であり、アメリカと日本を拠点としている。新作の『HAPPYEND』は10月4日から公開予定で、先日のベネチア国際映画祭のオリゾンティ・セレクション(斬新な視点を持つ作品)に出品された。監督がパレスチナの伝統的スカーフのケフィエを巻き、パレスチナの国旗のバッジをつけていたことでも注目を集めた。こういった社会運動への能動的態度も父親から受け継いでいると言えよう。映画も近未来の日本が舞台で、主人公は高校三年生の男の子二人。校内は監視カメラが生徒たちの校則違反を監視している。ミックスの子や日本以外の国籍の生徒も多いが、彼らへの差別は日ごとに増していく。学校では公に自衛隊の勧誘が行われ、右傾化に反対する学生の政治運動は学校側から弾圧される。そんな社会派の意識を持ちつつも、非常に爽やかで、一時しかない青春の輝きがある秀作だ。

他にも『春原さんのうた』の杉田協士監督も日常の空気や、フッとした情景に意識を奪われる時間を切り取るのがうまい。現在公開中の奥山大史監督の『ぼくのお日さま』も、アイススケートを題材に、少年少女の瑞々しい初恋と、さりげなくクィアの人々の生きづらさが描きこまれている。若手の監督たちはLGBTQや家族間の虐待問題などについても、語りすぎない心理描写や、にじみ出る所作で物語に織り込むことが多い。説明的なセリフがなくても、観客は理解できると信じて自分のスタイルを守るのが、これまでのメイン路線の日本映画に欠けていたものだと改めて感じる。

<オススメの作品>
『オーファンズ・ブルース』(2018年)

『オーファンズ・ブルース』

監督:工藤梨穂
出演者:村上由規乃/上川拓郎/辻凪子/佐々木詩音/窪瀬環

工藤梨穂監督による、記憶をなくしていく病を患う女性エマのロードムービー。同じ孤児院で育ったヤンから象を描いた手紙が届く。エマは封筒に書かれた住所に彼を訪ねるが、すでに引っ越した後。その道すがら、やはり幼馴染だったバンとその彼女に出会い、三人でヤンの跡を辿っていく。名前だけでなく撮影もどこの国かわからない異国性にあふれ、最低限の情報で状況は示される。日常的な呟きのような判然としないセリフなど、観客を選ぶ作品だが鮮烈な個性がある。

『佐々木、イン、マイマイン』(2020年)

『佐々木、イン、マイマイン』

監督:内山拓也
出演者:藤原季節/細川岳/萩原みのり/遊屋慎太郎/森優作/小西桜子/三河悠冴

監督の内山拓也は新作『若き見知らぬ者たち』の公開が10月11日に控えている。個人的に新作は残念ながら合わなかったが、長い目で平均打率を観ないと真価はわからない。濱口竜介もムラがあるなあと思って観ているし、好みがあるので皆さんにはぜひ観ていただきたい。『佐々木、イン、マイマイン』は俳優を志すものの、目が出ない悠二が主人公。彼が高校時代の仲間で風変わりだった佐々木を思いだし、過去と現在が交錯する。この佐々木のキャラに現代の孤独が凝縮されていて圧倒された。本作にも河合優実が、佐々木が恋する印象的な少女役で登場している。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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