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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第83夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『不安は魂を食いつくす』(1974年)
『13回の新月のある年に』(1978年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

ファスビンダー、愛の搾取のメロドラマ

現在東京では、ドイツの映画監督ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの傑作選が上映されている。作品は『リリー・マルレーン』『エフィ・ブリースト』『自由の暴力』(『自由の代償』から改題)。毎年のように代表作が観られて嬉しい状況だが、できればこぢんまりとした作品もついでに上映してもらえるとありがたい。『何故R氏は発作的に人を殺したか?』は高校生くらいの時に観て以来観返していないし、『キュスタース小母さんの昇天』はアテネフランセ文化センターで観たと思うけれど、最後が素っ頓狂な終わり方で、苦笑に包まれて終わったことしか覚えていない。さすがにもう一回観たい。

ファスビンダーの『自由の暴力』や『少しの愛だけでも』『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』は、愛されたいと願う者が、愛する存在に金銭をそそいだり、自我を殺して相手の言いなりになったりすることで、なんとか愛を得ようとする。しかし思い通りにはならず願いが聞き入れられることはない。冷静に考えれば愛とはそういうものなのだが、ファスビンダーの映画の演出を観ていると、それが愛を受ける側による冷酷な搾取に見えてくる。くれるというから貰っているだけとはいえ、やはり観客にも道徳心のストッパーがかかっているので、愛を返す気がないなら受け取るなよ、と思ってしまう。それは過去に経験した、類似した心の痛みに根差した感覚かもしれない。

ただ物語上は愛が一方通行なのはありがちなこと、と落とし込めるが、ファスビンダーの私生活のスキャンダラスな面を知っていると、意図的な愛の搾取や精神的なサディズムがわかって、やはり映画の観方に反映されてしまう。ファスビンダーは1969年に初長編映画『愛は死より冷酷』を手掛け、イングリット・カーフェンは本作で女優としてデビューを果たした。二人は1970年に結婚するが、その間もファスビンダーは並行して、モロッコ人の男性エル・ヘディ・ベン・サレムとおおっぴらに交際していた。

サレムはファスビンダーが国際的な評価を得ることになった『不安は魂を食いつくす』の主演俳優だ。ファスビンダーはモロッコから、サレムの家族を呼び寄せて疑似家族を作ろうとしたが、サレムの息子二人と同居を始めても、酒と麻薬が日常と化した家ではうまくいくはずもなかった。さらにサレムは酒乱で暴力的だったため、ファスビンダーは別れを決意した。サレムは別れたのちに、さらに酒に溺れてとうとう刺傷事件を起こしてしまう。彼はファスビンダーたちの助けでフランスへと逃亡を図るが、そこで投獄された。サレムは結局、拘留中に首を吊って自殺した。その死はしばらくファスビンダーには伏せられていた。

『リリー・マルレーン』『エフィ・ブリースト』で主演を務めるハンナ・シグラは、ふっくらとして神々しいほどまばゆく、ファスビンダーの映画の中心にいる。二人は演劇学校で知り合った最初期からの仲間だが、お互いにあえて私生活での関りを避けた。だから傷つけあうこともなく、ファスビンダーは素直に彼女をスターとして扱った。『エフィ・ブリースト』の撮影の際に役柄の解釈や、労働環境を巡ってファスビンダーと対立し、その後数年間共同作業は途絶えたが、5年後の『マリア・ブラウンの結婚』で再びファスビンダーのミューズとして返り咲いている。シグラは女優業を続けており、近年もヨルゴス・ランティモス監督の『哀れなるものたち』で、船に乗り合わせる老婦人役マーサ・フォン・カーツロックを演じている。

<オススメの作品>
『不安は魂を食いつくす』(1974年)

『不安は魂を食いつくす』

監督:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
出演者:ブリギッテ・ミラ/ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー/エル・へディ・ベン・サレム

初老の女性エミと、モロッコ人の男性アリは、雨宿りのためエミが入ったアラブ系の客が集まる店で出会った。二人は互いに慈しみ、一夜のうちに愛し合うようになる。しかし周囲の人々は外国人への差別や、二人の年齢差から冷たい仕打ちをする。ファスビンダーの映画ではわかりやすく観やすいメロドラマで、最初に鑑賞するなら本作を勧めたい。孤独な者同士が愛で必死につながり続けようとする話だが、俳優たちへの平坦な演出で熱を感じさせないのがファスビンダーらしい。

『13回の新月のある年に』(1978年)

『13回の新月のある年に』

13回の新月のある年に
監督:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
出演者:フォルカー・シュペングラー/イングリット・カーフェン/ゴットフリード・ジョン/エリザベート・トリッセナー/エファ・マッテス

ファスビンダーの元恋人で自殺したのはサレムだけではない。アルミン・マイヤーもファスビンダーに捨てられたあと、元恋人の誕生日に薬物とアルコールの過剰摂取で自殺した。彼もファスビンダー作品の常連俳優だった。本作はこの年に亡くなったマイヤーに捧げられている。死んだ後には惜しみ、また映画にするスピードの速さも、ファスビンダーによる一種の搾取かもしれない。けれども本作は、愛する男性のために女性へと性転換の手術をした主人公の、死を迎えるまでの五日間を描いた、愛しいほど侘しく切ない作品だ。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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