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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第82夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『オープニング・ナイト』(78年)
『こわれゆく女』(74年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

ジョン・カサヴェテスとジーナ・ローランズ

女優のジーナ・ローランズが8月14日に亡くなった。享年94。アメリカの“インディペンデントムービーの父”と呼ばれる、俳優で監督のジョン・カサヴェテスの妻であり、彼の監督作品で多く主演を務めた。カサヴェテス作品は今も頻繁に特集が組まれて、ミニシアターなどで観られる機会も多い。現在活発に活動する濱口竜介監督が影響を受けた監督として、度々名前を挙げることで知った方もいるだろう。

ローランズは美しい金髪の持ち主で、スラリとして背も高くゴージャスな美人だ。それがカサヴェテスの映画では、とても情緒不安定な女性を演じることが多かった。俳優としてのカサヴェテスは、二枚目だが芝居が抜きんでているわけではなかったので、こういった予測のつかない不定形な映画を撮る監督だと気づく人は少なかったし、一般受けはしなかった。しかし、カサヴェテスの作品は映画史においては高い評価は得ている。ジーナ・ローランズという奇抜な振る舞いにリアリティがあり、狂気をたたえた芝居をできる優れた女優の存在によって、類稀な映画となった。

カサヴェテスの映画はインディペンデントのため資金がなく、技術より伝えたいもの優先という作風になる。わたしが映写技師をしていたときはまだフィルム素材で、カサヴェテスの特集も上映したことがあった。これが、カサヴェテスは画格がとても難しい。撮影ではよく、音声の担当者が上からモップのようなマイクを差し出しているが、当然それは俳優たちが演技をしている画面には写っていけないものだ。しかしカサヴェテスの映画ではマイクがガンガンに写りこんでくる。それは興醒めを招くので、上を切るため横長な画面になるようなレンズで映写をした。ただ、観客も熱心な人が多いので、画面の隅々まで観たいのに、勝手に上下を切らないでくれ、という苦情になったりもしていた。

インディペンデントの映画は当然資金繰りが厳しい。カサヴェテスは自宅を抵当に入れて制作費を作り、盟友で常連の出演俳優だったピーター・フォークも、『刑事コロンボ』のギャラをカサヴェテスの映画につぎこんでいる。それでも資金繰りの負担は止まなかった。アカデミー賞監督賞にノミネートされるなど、玄人からの評価は得ても一般的な理解を得られないことは、カサヴェテスにとっては苛立ちであったのだろう。そのために長年のアルコール依存症が原因で、肝硬変のため59歳の若さで亡くなっている。それにしてもこの連載で、アルコール依存症と書くことがなんと多いことか。創作家の生みの苦しみは、肉体の苦痛と引き換えになってしまうのだ。

ジーナ・ローランズは晩年の2012年に、元企業家のロバート・フォレストと再婚している。90年代にはすでに恋愛関係にあったようだが、カサヴェテスの映画が夫婦のコラボレーションであり、ピーター・フォークやベン・ギャザラといった友人俳優たちとの、結束の固いファミリーのイメージを持っていたため、公に再婚することを選ばなかったのだと思う。確かに再評価が続いたのは、ジーナ・ローランズがカサヴェテスの映画のイメージを守ったからだ。再婚したフォレストはカサヴェテスとも親交があった旧友で、90年代以降は、映画祭などにローランズと同伴して現れることもあったが、基本的に陰で支え続けていたようだ。偉大な人物が早世すると、故人に心酔していた周囲は未亡人を付属物として、再婚を快く思わなかったりするものだが、こういった新しい愛の流れは当然あって当たり前のことなのだ。

<オススメの作品>
『オープニング・ナイト』(78年)

『オープニング・ナイト』

監督:ジョン・カサヴェテス
出演者:ジーナ・ローランズ/ジョン・カサヴェテス/ベン・ギャザラ/ジョーン・ブロンデル/ゾーラ・ランパート/シーモア・カッセル/ピーター・フォーク

カサヴェテス&ジーナ・ローランズ作品。東京での初上映が1990年2月。わたしが住んでいた名古屋ではもっと遅れて公開されて、映画館でアルバイトを始めてすぐ上映する機会があった。観客が毎回5人を切るような不入りで、0人の回もあった。今はカサヴェテス特集なら回顧上映が大入りとなる状況なので、リアルタイムの反応を知っている身としては、正当な評価がされるようになって本当に良かったと思う。この映画は初めて観たとき面食らったし、いまだに以前は気にならなかったシーンが突然とても感銘を受けることになったりして、新鮮な気持ちで鑑賞できる。

『こわれゆく女』(74年)

『こわれゆく女』

監督:ジョン・カサヴェテス
出演者:ジーナ・ローランズ/ピーター・フォーク/マシュー・カッセル/マシュー・ラボート/クリスティーナ・グリサンティ/ニック・カサヴェテス

ジーナ・ローランズが妻のメイベル、ピーター・フォークが作業員の夫ニックを演じる。このローランズは情緒不安定を通り越して、狂気に振り切れてしまう。夫の不在が寂しい、夫の同僚たちが訪ねてきたら歓待したいといった感情が大きいあまりに、他人からは異様な精神状態に見えてしまうのだ。夫もそんな妻の繊細さに対応できる器用さがなく、逸脱していく妻をつなぎ留められない。クライマックスのこどもの動きの繰り返しが、何故あの回数なのかと思うけれど、あの回数が絶対的な説得力を持っている。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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