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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第80夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『怪物』(23年)
『ファミリア』(23年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

インティマシー・コーディネーターの必要性について

最近、映画『先生の白い嘘』の三木康一郎監督へのインタビューが波紋を呼んだ。ウェブサイトENCOUNTに掲載されたもので、インタビュアーの平辻哲也氏が、映画のクレジットにインティマシー・コーディネーター(以下IC)の名前がなかったため、気になり質問をしたのだという。今回問題視されたのは、主演の奈緒さん側から「ICを入れてほしい」と依頼があったにも関わらず、監督サイドが間に人を入れたくなかったため、ICは起用しなかったというものだ。

ICの仕事を簡単に説明すると、まず映画脚本に書かれた性的な描写に関し、具体的な構想など詳細を確認することから始まる。そして俳優の心身の安全のため、俳優と話し合いや、実際の現場でもケアを行う。また監督の意向も反映できるように、やはり話し合いを行うというものだ。他にもLGBTQの人々に寄り添った描写を心掛けるという面もある。これだけでも大変な仕事だとわかるが、まだ認識されて日が浅い職業であり、アメリカでしか資格が取れないため、日本にはまだ浅田智穂さん、西山ももこさんの二人しかいない。

『先生の白い嘘』については、制作側がICの件を却下した時点で、すでに力の不均衡が起こっている。映画の現場で権力を持っている監督やプロデューサーが、女優の意向を拒絶するのであれば、実際の撮影現場でも女優の希望を拒否するかもしれない。この出来事は、そういった不安を抱かせる発言だ。「イヤなら言ってね」と監督が事前に促しても、いざ撮影現場となれば、言い出しづらい雰囲気になっているかもしれない。そういった時の調整役としてICは必要とされるのだ。

本作の初日の舞台挨拶は、ネットで批判が続出したために、非常に神妙な雰囲気になっていた。制作委員会から「インティマシーシーンに関して、男性スタッフは退出し、撮影は女性スタッフのみで行ったこと」「不安があれば(ICの代わりに)女性プロデューサーや女性スタッフが話を聞くと説明していた」が、配慮が十分でなかったと謝罪があった。

プロデューサーがICの代役にならないのは、やはり制作側だということに尽きる。ICはあくまで外から来た存在で、女優が些細なことでも不安を覚えたり不快になったりする点があったら、相談できる対等な相手なのだ。監督からの「インタビューにおける不用意な発言」という謝罪は、的外れで「そこじゃない」としか言いようがない。

わたしは本作に関し、オピニオンコメントを依頼されていたため試写を拝見していたが、うかつにもクレジットに注意を払っておらず、ICの不在に気づかなかった。わたしが出したコメントは「性のグロテスクな行為に、妊娠という人間の原点がある時点で、我々はおかしな仕組みに司られている気がして仕方がない。特に風間俊介の、女性を心身ともに凌辱する演技は恐怖そのもので、あまりに秀逸で震えた。」というものだ。女優だけでなく、性的に暴力を働く男性俳優側も、精神的ダメージがあるだろう。女優はもちろん、あえて悪役に挑んだ意欲的な芝居であっても、男性にも不快な表現の心理的負荷を軽くするため、ICは必要だったはずだ。そのことに思い至らなかったのを、いまはとても恥ずかしく感じている。

<オススメの作品>
『怪物』(23年)

『怪物』

監督:是枝裕和
脚本:坂元裕二
音楽:坂本龍一
出演者:安藤サクラ/永山瑛太/黒川想矢/柊木陽太/高畑充希

是枝裕和監督の『怪物』にもICは入っている。本作は第76回カンヌ国際映画祭で「クィア・パルム賞」を受賞した作品だ。ICの浅田智穂さんが行ったのは、まず保護者へ説明し了解を得てから、専門家を招いての子役二人への性教育だった。そして彼らの役柄である同性同士で愛し合うのも自然なことなど、LGBTQの講義を専門家から行った。子どもにとってこの撮影が心理的負荷にならないように、注意を払うのもICの役割となる。

『ファミリア』(23年)

『ファミリア』

監督:成島出
脚本:いながききよたか
出演者:役所広司/吉沢亮/サガエルカス/ワケドファジレ/中原丈雄

本作は在日ブラジル人と半グレの抗争、そして陶器職人の主人公である神谷(役所広司)と、エンジニアとしてアルジェリアに赴任している息子(吉沢亮)の物語である。親子愛や男性同士の抗争が中心だが、女優のヌードシーンがあるため、当然ICの出番なのはわかる。それと監督の成島出はとても優秀で、本作も非常に良い映画だし、他にも優れた作品は多いが、以前に刑事事件にはならなかったものの、性的な問題を起こしている。そのため、ICが立ち会うのは女優の心身の安全と、不安感を取り除くために必要不可欠だ。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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