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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第76夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『オテサーネク 妄想の子供』(2000年)
『コレット』(2018年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

狡猾でだらしない夫に翻弄される女性作家の映画

前回はシャーリイ・ジャクスンの伝記映画『シャーリイ』について書いたが、これは珍しい例で、やはり本業より私生活の面で目立った作家が映画化されるのは当然だろう。本来はスポーツマンや、ミュージシャンや俳優などのエンターテインメントな職種の方が映画は映える。作家ならジャック・ケルアックのように、放浪を続けたビートニクの作家の恰好良さとか、私生活の華やかな作家などがやはり映画向きだ。

スキャンダラスな噂の多い作家も描きやすい。メアリー・シェリーは若干20歳で『フランケンシュタイン』を発表した。それは詩人のパーシー・シェリーと不倫をし、駆け落ちしている最中に始まった出来事だった。1816年、二人は退廃的な生活を送っているバイロン卿の邸宅に招かれ、みんなで怪奇話をして、怪奇小説を執筆し合うことになった。有名な“ディオダティ荘の怪奇談義”だ。この年の末にシェリーの妻が自殺したため、シェリーとメアリーは結婚した。メアリーは怪奇談義の夜に着想を得た小説を書き続け、1818年に『フランケンシュタイン』として上梓する。しかし、執筆者の欄に女性の名は記されなかった。それらを描いた映画『メアリーの総て』(17年)は、作家の執筆シーンが少なくとも成立するということがよくわかる。日本でも長らくシェリー夫人と呼ばれ続け、メアリー・シェリーと表記されるようになったのはまだ最近の印象だ。

キーラ・ナイトレイがシドニー=ガブリエル・コレットを演じた『コレット』(18年)は、夫に才能を搾取される女性作家の実話である。コレットは身勝手で自尊心の強い夫ウィリーと一緒になる。彼は女遊びをするくせに嫉妬深い。だが妻がバイセクシャルだと告白すると、好奇心をみせる。ウィリーはコレットを束縛し自由を許さないが、同性愛の浮気だけは見逃す。それは、夫にとっても性的刺激となるからだ。男との浮気は許さないが、妻と他の女との情交は想像して楽しむ。さらに妻の浮気相手もバイセクシャルなため、彼女も誘惑して浮気をする……。それはウィリーにとって最高に背徳的で昂ぶるものだが、コレットは恋人に裏切られた悔しさを味わう。

ウィリーはコレットの書いた小説を自分の名前で発表し、売れっ子作家として金遣いが荒くなっていく。彼女が自分から逃げ出せないように、小説の売り上げを版元から前借し、著作権は彼が所有するなど、狡猾さには事欠かない。だが、「女の名前で書くより、僕の名前で発表した方が売れるんだよ」という現実的背景のあるセリフには、打ちのめされてしまう。昔はまったく素人の女性作家より、多少名の知れた男性作家の本の方が、信用して読んでもらえる時代性があった。

才能はあるのに、弱気で世俗に疎いアーティストは少なくないだろう。「甲は乙を~」という契約書が理解できているか、筆者自身もいつも心配だ。ティム・バートン監督の『ビッグ・アイズ』(14年)は、狡猾な夫と弱気で天才肌な画家の妻という、典型的な組み合わせを見せる。この実話でも、やはり妻の絵に夫が自分のサインだけ書いて、自作として発表していた事件だ。最近の映画で『天才作家の妻  40年目の真実』というフィクションもあったが、女の書くものの質が信用されないという壁があり、それが詐欺師な資質の夫に騙されることにつながっていく。その陰で、夫に才能を搾取されたまま生涯を終えた女性アーティストたちも、かなりいたのではないかと思うのだ。

 

<オススメの作品>
『オテサーネク 妄想の子供』(2000年)

『オテサーネク 妄想の子供』

監督:ヤン・シュヴァンクマイエル
出演者:ヴェロニカ・ジルコヴァ/ヤン・ハルトゥル/ヤロスラヴァ・クレチュメロヴァ/パヴェル・ノーヴィ/クリスティーナ・アダムコヴァ/

前々からうっすら思っていたことに、ヤン・シュヴァンクマイエルは本当に単独の監督なのかな、という疑問がある。妻のエヴァ・シュヴァンクマイエロヴァーも、チェコのシュールレアリストとして有名で作品を残しており、夫の映画制作にも関わっていた。いつもエヴァの名はクレジットの中盤くらいで、アニメーター程度のそっけない肩書で出るのだが、実際の協力の度合いはどのくらいだったのだろう。妻のエヴァが2005年に亡くなってから、ヤンがほとんど映画を作れていない状況を見ると、ちょっと穿った見方をしてしまう。

『コレット』(2018年)

『コレット

監督:ウォッシュ・ウエストモアランド
出演者:キーラ・ナイトレイ/ドミニク・ウェスト/フィオナ・ショウ/デニース・ゴフ/エレノア・トムリンソン/レイ・パンサキ/シャノン・ターベット

キーラ・ナイトレイの大胆で活き活きとした演技が素晴らしい。夫ウィリーを演じたドミニク・ウェストが、憎らしいのは山々だが、それでもつい許してしまいそうな愛嬌を持っていて、こちらも完全に悪役といえない演出の妙を感じる。この時代には珍しく男装で暮らした麗人ミッシー(デニース・ゴフ)と、コレットの充実した恋愛関係も魅力的だ。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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