「映画でくつろぐ夜。」 第74夜
知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。
「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」
自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。
■■本日の作品■■
『ガガーリン』(2021年)
『オートクチュール』(2021年)
※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。
フランスの団地映画が意味するもの
去年の秋から、夫の生まれ育った団地に引っ越すことになった。それまでは夫の両親が住んでいたが、高齢で体を悪くしたので義姉が面倒をみることになり、団地は空き部屋になった。都心からは離れてしまうが、この物価高では家賃を払わなくていいのはありがたいことだ。義理の両親と同居にならないのも、生活習慣が乱雑なわたしにとって、自由にしていられて助かった。
だが昭和に建った建物で、夫に耐震工事をしたことがあるか尋ねても知らないと言う。かといって住人は老人ばかりかというとそんなこともなく、幼い子どもを育てている若い夫婦も多い。本当はもっと都心で便利な場所が良いだろうに……。確実に日本は貧しくなっているなあと、ヒシヒシと感じる。今回の引っ越しで一番得をしたのは飼い猫だ。前の住居は一階の北向きで、窓やカーテンを開けられなかったが、今は3階の南向きの部屋で昼の日差しを浴びて、眠ったり外の景色をぼんやり眺めたりしている。
いま、団地が登場する映画を一番撮っているのはフランスだろう。『アスファルト』(15年)はまず、団地の老朽化した姿にギョッとする。住人たちは壊れたエレベーターを、互いに分担して新しくするか否かを話し合って決める。奇想天外なことも起こるが、孤独な者に出会いがあったり、落ち目となった女優の再出発の場所になったりと、幸福感のある作品だ。
だが2019年のラジ・リ監督による『レ・ミゼラブル』になると、一気に現実的な内容となる。この映画の舞台はヴィクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』と同じモンフェルメイユ。現在は移民や低所得者層が住み、犯罪多発地帯として知られる。大人たちは職業や人種、宗教で派閥があり、体の大きさや武器の所有を笠に着て、団地に住む少年たちを牛耳っている。だが少年の一人が、ロマのサーカスからライオンの子どもを盗んだため、敵対するグループが一触即発の事態となる。最終的に、少年たちは大人たちの悪質なやり口に腹を立て、一斉に報復を始める。
監督のラジ・リの最新作『バティモン5 望まれざる者』(23年)も、5月24日から公開になる。この作品も、象徴のように団地の取り壊しシーンから始まる。そして新しい市長の横暴なやりくちに対し、ケアスタッフである女性アビーが対立候補として名乗りをあげる。一方的に老朽化したものを破壊してしまえば片付く問題などではない。かといって、そこに住み着くことは前進にもならない。どう動くのがベストなのかという答えを出すのが難しい、苦みの残る映画だ。
ちょっと手法を捻ったのが、現在公開中の『ザ・タワー』(22年)。これもフランスの団地映画で、ある日、突然団地が闇でおおわれるという設定だ。暗闇に手を差し出したりすると、鋭利な刃物で斬ったように腕がなくなってしまう。これも結局は、団地内に住む人種、宗教でグループができ、たがいに階層を分けて交わらないように生活していく。移民の問題を真っ向から描くのではなく、こういったホラー映画に託して、窮地に追い込まれた人々がまだ人種問題で対立し、無駄に命を落としたりする表現で、現状を描いている。
<オススメの作品>
『ガガーリン』(2021年)
『ガガーリン』
監督:ファニー・リアタール/ジェレミー・トルイ
出演者:アルセニ・バティリ/リナ・クードリ/ジャミル・マクレイヴン/ドニ・ラヴァン
パリ郊外に実在した公営住宅ガガーリン。宇宙飛行士の名を冠したこの団地も老朽化が激しく、2024年のパリオリンピック開催のため、取り壊すことになった。団地の住人の青年ユーリは、ガガーリンの名を付けられただけに、自分も宇宙飛行士になりたいと思っている。だが住人たちは徐々に移転し始め、取り残されたユーリは孤独な空間で心が浮遊し始める。家族と同居の出来ない若者や、ロマの血が流れているので差別される少女など、団地映画の要素と、青春の孤独を描いた佳作。
『オートクチュール』(2021年)
『オートクチュール』
監督:シルヴィー・オハヨン
出演者:ナタリー・バイ/リナ・クードリ/パスカル・アルビロ/クロード・ペロン
『ガガーリン』ではユーリが恋する、ロマの血筋の少女を演じたリナ・クードリが主演。クードリが演じるジャドは、地下鉄の中で中年女性のバッグのひったくりをする。それはディオールのオートクチュール部門で、アトリエ責任者を務めるお針子エステルのものだった。エステルはジャドの指の動きの繊細さに気づき、アトリエで働かせることにする。本作は団地をメインで描いているわけではないが、ジャドが帰宅するのが郊外の団地で、そこに彼女の低所得、人種への差別といったことが無言で織り込まれている。その逆境に彼女自身がめげてしまいがちなのだが、エステルに才能を引き出され、仕事に情熱を覚えていくストーリーは胸が熱い。ディオールも全面協力しているので、ファッション映画としても眼福。
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