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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第73夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』(75年)
『リベリオン』(02年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

平凡であることが恐ろしい映画

小さい頃からテレビで映画を観てきて、無意識によくわからないと思っていたジャンルに砂漠モノがある。『アラビアのロレンス』(1962年)は壮大な作品で、複雑な戦乱を描いているが、砂漠はなかなか眺めが変わらない。馬に乗った一団が遠くから歩いてきても、近づくには時間がかかる。そこが自然の雄大さの証といえるし、でもずっと画面が黄色いまま、という良いのか悪いのかわからない状態が続く。

映画というのが、この二項対立の葛藤に支えられているという感覚を最近よく感じる。来月公開の石原さとみ主演の『ミッシング』(24年)は、3年前に娘が失踪してしまい、ずっと懸命な捜索を続けているという設定だ。あえて劇的に、行方不明になった瞬間や、おそらく騒ぎになっただろう警察の初動などは描かない。あくまで現在の日々から始まり、娘が不在の一日一日が経過していくだけだ。逆にこの結論の出ない日々が、“何もない”“終止符もない”という生殺しのような苦しいあがきとなる。

やはり来月公開の『関心領域』(23年)は、マーティン・エイミスの同名小説を、ジョナサン・グレイザーが監督している。なんと前作『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』(13年)から10年ぶりの作品だ。『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』は静謐な映画だったが、非常に魅力的だった。そして今回の新作はスター俳優がいないうえ、引きの画が多くより地味になっている。

『関心領域』はアウシュビッツ強制収容所の周囲で、平和な生活を送る収容所所長一家の生活を描いた作品だ。近くでは収容された人々が労働をさせられ、飢えて死んでいく。また毒ガスで死に至り、その遺体が次々と焼かれて灰になる。しかし所長一家では子どもたちが庭で遊び、お手伝いたちは料理を作ったり家事に勤しんだりする。なんの違和感もない日常だ。

『関心領域』ではドイツ人たちの家から、アウシュビッツは見えないように設計されている。そのため平凡な、というより凡庸とすらいえる日常が続く。すぐそばで大量の人々が不条理な死を迎えているのに、壁一枚隔てたところで、いつもの穏やかな日々がある。

こういった映画の評価の難しさを感じている。大変興味深い問題であり、挑んでみたくなるテーマである。ただし映画的な抑揚は、出来る限り抑える方向に向かっていく。その取り立てて目立った出来事が減っていくことが、娘が失踪して3年も経過していることの如実な証となる。またはアウシュビッツ側で起こっていることには触れず、穏やかな毎日を捉えることが、ユダヤ人の悲劇をまるで意識していない異常事態を強調する。このテーマと映画的なダイナミックさの乖離を埋めるために、作り手側に何か方法は残されているのだろうか。今の時点では、その映画の価値を見出すのは観客の知性や想像力しかないと思う。

 

<オススメの作品>
『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』(75年)

『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』

監督:シャンタル・アケルマン
出演者:デルフィーヌ・セイリグ

現在はamazon primeの有料チャンネルだけの配信だが、監督のシャンタル・アケルマンは色々な配信チャンネルで頻繁に特集が組まれているので、すでに加入しているチャンネルでもまたかかるかもしれない。本作はアケルマンの代表作であり、200分という長尺で、とある主婦の繰り返す日常を描いている。自宅で客を取っているのは踏み外した行為に思えるが、それもルーティンなことだ。それゆえにこの長尺がラストに収束していく。

『リベリオン』(02年)

『リベリオン』

監督:カート・ウィマー
出演者:クリスチャン・ベイル/エミリー・ワトソン/テイ・ディグス/アンガス・マクファーデン/ショーン・ビーン/マシュー・ハーバー/ドミニク・パーセル

封切り時は、ガン=カタというアクションが素晴らしすぎて爆笑して観ていたが、映画としてもオススメだ。ディストピア映画と、平凡な繰り返しの日常は相性が良い。社会のルールに従事していた主人公は、自分たちを操っている黒幕の存在に気付き始め、危険分子となっていく。他には配信はないが、『カレ・ブラン』(11年)も同類の映画に入るだろう。感情を持ってはいけない、疑問を持ってはいけない、ルーティンワークからはみ出してはいけない、といったルールで人間を束縛する物語は、当然瓦解するから人間味が生まれるのだ。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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