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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第72夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『82年生まれ、キム・ジヨン』(19年)
『同じ下着を着るふたりの女』(21年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

『毒親<ドクチン>』、韓国も日本も変わらない問題

4月6日(土)から韓国映画の『毒親<ドクチン>』が公開になる。すでにコリアン・シネマ・ウィーク2023や、あいち国際女性映画祭2023で上映されているので、ご覧になった方もいるかもしれない。監督はキム・スイン。彼女は高橋洋が脚本を担当して話題になった、日韓合作の『オクス駅お化け』(22年)の脚色も担当している。今回の『毒親<ドクチン>』は初長編監督作だ。まだ若手だが、かなり鋭い人間関係の痛みを見据えた作り手である。

本作のオープニングは大人の男女とともに、女子高生のユリが車で練炭自殺を図るショッキングなシーンで始まる。4人はその日初めて、ネットで一緒に自殺する人を募る掲示板で知り合ったメンツだった。しかし一人はみんなの苦悶を観て恐ろしくなり、すんでのところで逃げ出す。

日本でも自殺の出会い系掲示板がたびたび問題になっており、「座間9人殺害事件」の犯人のように、自分も自殺志望を装って知り合った人々から金銭を奪い、殺害していた例もある。韓国でもやはり同様の掲示板があることに驚くとともに、納得もいってしまう。息苦しい社会の中で追い詰められると、同じような行動に出てもおかしくはない。

ユリの母ヘヨンは異様なほどの教育ママで、自分の理想のフィルターを通してユリを見つめている。そのためユリの自殺も信じず、自殺の数日前に連絡を取っていた担任教師のギボムと、ユリのクラスメートで以前は親しかったアイドルの卵イェナを疑い、彼らを相手に裁判を起こす。ヘヨンはユリがイェナと仲良くするのは学業に障ると思っており、その影響で二人は自然と疎遠になっていた。

毒親の問題は、女性心理を取り上げると、本当に色々な形で姿を現す。本作でもそうだが、毒親が出来上がるのは連鎖もあって、祖母が原因で母の心が捻じれていることも多い。筆者も母と顔を合わせるたびに父の愚痴を聞かされるので、家の中で部屋に籠って母から逃げていた。それを『心の壊し方日記』というエッセイに「自分が母の痰壺のような気がする」と記したが、韓国のアーティストのイ・ランのエッセイを読んでいたら、同じような表現が出てきて驚いたことがある。その後イ・ランの姉が自殺したのも心が痛む出来事だった。

また、マンガで『大邱(テグ)の夜、ソウルの夜』が、町山広美さんが主宰する「BSEアーカイブ」から発売されていて、胸にザクザク刺さるほど他人事ではないグラフィックノベルだった。2話に分かれていて、女性主人公たちがそれぞれ都会と田舎を選んで住んでいるから、よけいに色々な事柄が網羅されている。ぜひ本書もご一読いただきたい。

『毒親<ドクチン>』の母親ヘヨンは現実が見えないほど病的な理想主義だが、担任のギボムも毒親の下で育っている。イェナはアイドルを目指しているが孤独な少女で、初めて親友となったのがユリだ。二人が親密な時間を過ごしている、まさに絵にかいたような青春の瑞々しさは尊い。僅かな時間しかない輝かしさがフィルムに収められていて、この瞬間だけでも、もう一度観たいと思わせる作品だった。

 

<オススメの作品>
『82年生まれ、キム・ジヨン』(19年)

『82年生まれ、キム・ジヨン』

監督:キム・ドヨン
出演者:チョン・ユミ/コン・ユ/キム・ミギョン/コン・ミンジョン/パク・ソンヨン/イ・ボンリョン/キム・ソンチョル

日本も韓国も変わらない、あまりに当然のように存在する男性優位社会。チョ・ナムジュのベストセラー小説の映画化で、心当たりのあることばかりで奥歯を噛みしめて観てしまう。この主人公は結婚を機に退職するが、現実には出産で退職もあるし、出産後に復職する女性もいる。でもそこには保育園をどうするか、子どもが熱を出したらどうするかといった問題がいつもひそんでいる。子どもが熱を出したときに早退するのは父親か、母親か。まずはそういったことが平等にならなければ始まらないのだ。

『同じ下着を着るふたりの女』(21年)

『同じ下着を着るふたりの女』

監督:キム・セイン
出演者:ヤン・マルボク/チョン・ボラム/イム・ジホ

ドキッとするタイトルだが、変な映画ではない。娘が下着を手洗いしていると、二人暮らしの母が無造作に、自分の下着をそこに放り込むシーンから始まる。この母は支配的で暴力を振るい、娘を抑圧する。果ては買い物に出た車の中で喧嘩になり、娘が降りて歩いて帰ろうとするのを、怒りから発作的に撥ねてしまう。そのため娘から訴訟を起こされる。だが裁判の間も、彼女らは同じ屋根の下で暮らすのだ。この奇妙な共依存関係は、女性監督キム・セインの独特の感性が活かされている。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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