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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第71夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『トガニ 幼き瞳の告発』(11年)
『オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡』

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

スパルタとパワハラの境界

韓国映画で、セクハラ問題を扱った憂鬱な映画を観てしまった。3月15日からシネマート新宿・心斎橋で公開となる『薄氷の告発』(23年)だ。劇場は左記の二か所のみで、公式サイトもない小規模映画らしく、おそらくその後に配信で観ることを想定しているのではと思う。

韓国スケート界は、実際に性暴力事件で逮捕者が出ている状況であり、本作はフィクションだが現実の問題から着想を得ているのだろう。主人公のジュヨンは、アイススケートの元韓国代表選手で、現在は高校のカーリング部のコーチとして働いている。そんな彼女の元へ、かつての仲間だったユラが自殺した報が入る。じつはジュヨンもユラも、同じ男性コーチのヒョクスから性的暴行を受けており、その姿を写真に撮られてもいた。

非常に気分の悪い映画である。犯人は被害者が性的被害を訴えづらいことや、頑張ってきたアイススケート自体を失う虚しさから、泣き寝入りすると見込んでいる。ジュヨンの教え子スジもヒョクスから抜擢を受けて、ジュヨンは必死に止めるがその理由は告白できない。そのため、スジはヒョクスの教えを受けることを選ぶ。

考え得る限り最悪の結果を迎える映画で、被害者のPTSDに焦点を当てている。他者が安易に「時間が解決する」となだめることは、何もわかっていないのがわかるほど、被害の記憶は鮮明なのだ。脳に刻まれた生傷はいつまでも開いていて、日々のなかで塵や落ち葉が積もっても、一掃きしたら傷はいつでも当時のままの生々しさで顔を出す。

ちょうど日本の映画界でも、性的暴力に遭った被害者の女性たちが命を絶つ出来事が続き、やっと加害者が一人逮捕されたところだ。この逮捕者の性加害については、被害者の方の手記で初めて知ったが、それ以前から撮影現場での演出法について、俳優の尊厳をわざと傷つけるようなやり方を耳にしており、疑問を抱いていた。

日本の映画界はパワハラな演出法がはびこっており、伝統のようになっている。それを改めて注意するのは、関係者から一笑にふされるようなことだ。でも今後は変えていかなければならない。それは構造上、これまでは難しいことだったけれども、言及して出来事を知らしめていかないとならない。

以前とある俳優が、某監督のワークショップで屈辱的な振る舞いを強要され、その後ワークショップへ通う際に、イヤで失禁してしまうようになったと告白したことがあった。筆者がXでこの話題に触れたところ、その俳優のファンの方がとても立腹した様子で、「問題を大きくすると、映画の公開がお蔵入りになるかもしれないから書かないでほしい」とリプライを送ってきた。その俳優と監督の組んだ新作の公開日が迫っていた。この監督も「イヤなら自分の映画に出るはずがない」という趣旨の理由を述べていた。しかし映画という大きな企画の中で、その後どういう経緯があったか説明もなかったし、セクハラ、パワハラの被害者側が抗いづらい状況を、我々はいくつも聞いてきた。男性同士だと、さらに問題を過小評価されることもあるだろう。好きな俳優が苦悩を語っていたならば、観たい欲望はわかるけれども、精神面を支えることに注意を払ってほしい。

 

<オススメの作品>
『トガニ 幼き瞳の告発』(11年)

『トガニ 幼き瞳の告発』

監督:ファン・ドンヒョク
出演者:コン・ユ/チョン・ユミ/キム・ヒョンス/チョン・インソ/ペク・スンファン/チャン・グワン/チェ・ジノ

光州のろうあ者養護施設で起こった、虐待の実話を扱った韓国映画。加害者は周到に動いており、警察とも癒着があって、映画も仕組みを変えられない悔しさを感じる不快感に溢れている。加害者側を双子の設定にした微妙なユーモアも、韓国映画にありがちで複雑な気分になる。しかしこの映画がきっかけで13歳未満の児童への性的虐待を厳罰化し、公訴時効を廃止する「トガニ法」が制定された。

『オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡』(17年)

『オーバー・ザ・リミット』

監督:Marta Prus
出演者:マルガリータ・マムーン/イリーナ・ヴィネル/アミーナ・ザリポア

ロシアの新体操選手マルガリータ・マムーン。彼女が2016年リオ五輪で金メダルを獲得するまでを追ったドキュメンタリー。中年女性、さらにその上の世代のコーチたちは非常に厳しく、顔を突き合わせてマルガリータに怒声を浴びせるのが日常茶飯事だ。容赦ない罵りの言葉がずっと降り注ぎ、何度でも同じ練習を繰り返しやらせる。これは鬼気迫るスパルタを超えたパワハラの記録であり、マルガリータの下した判断も納得。隠れた傑作なので必見!

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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