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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第67夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(2018年)
『イニシェリン島の精霊』(2023年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

アイルランドから死んだ魚の目でハリウッドへ バリー・コーガン

アイルランド出身の俳優は大勢いるが、みな比較的愛国心が強い。普段はハリウッドの大作で活躍していても、アイルランド製作の小規模映画にサラッと出演したりする。

キリアン・マーフィーはダニー・ボイル監督の、『28日後…』(02年)で世界的に知名度を得た。その後出演した『プルートで朝食を』(05年)は、アイルランド出身の監督ニール・ジョーダンによアイルランドの田舎出身で女装をして暮らすことを選ぶ青年の話だ。IRAの話も当然出てくるし、本作でキリアンの実父の神父を演じたリーアム・ニーソンも、マーチン・スコセッシの『ギャング・オブ・ニューヨーク』では冒頭だけのカメオ出演で、アイルランド系の神父を演じたりしていた。キリアンは最近も、ハリー王子に「どこ出身?」「アイルランドです」「じゃあイギリスだね」と言われて、猛烈にメンチを切っていたのが印象に残っている。

アイルランドは個性派俳優も多く、クリス・オダウドやエイダン・ギレンがいる。彼らもMCUや『ゲーム・オブ・スローンズ』でおいしい役をやりつつ、合間にアイルランドの映画に出演を続けている。その先輩格の俳優はガブリエル・バーンだろう。『ユージュアル・サスペクツ』(95年)をはじめ、立ちションをしているときに悪魔にとり憑かれる『エンド・オブ・デイズ』(99年)、アリ・アスターの『ヘレディタリー/継承』(18年)に出演しつつも、『病理医クワーク』といった地味なアイルランドのドラマシリーズも続けていた。出自国に対して律儀なのだ。

意外だったのはケネス・ブラナーの『ベルファスト』(21年)だった。シェイクスピア俳優のイメージが強すぎて、イギリス人だと思い込んでいた。ただ、それ以前にベルファストの争乱を描いた作品では『ベルファスト71』(14年)が印象深く、特に少年のアイルランド民間ゲリラ兵を演じたバリー・コーガンは、とても記憶に残った。町の裏道を上下にすいすいと抜けながら、無表情のまま国のために戦う少年で、奇妙なリアリティがあった。その青い奥目が忘れられないうちに、やはりあれよあれよと独特の売れ方をし始めた。

まずなんといっても『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(17年)だろう。雰囲気に似つかわしい非常に不気味な役であり、世にも汚いスパゲティの食べ方は忘れられない。『ダンケルク』(17年)も良かったが、2019年に出演したドラマ『チェルノブイリ』で、放射能汚染区域に残されたペットたちを安楽死させるため、射殺して回る青年の役が、群像劇の中でも彼だけ一話分与えられていて、特別な孤絶感を放っていた。

バリー・コーガンはもはやMCUとDCに出演するハリウッドの第一線俳優になったが、再びコリン・ファレル(彼もアイルランドだ)との共演作『イニシェリン島の精霊』(22年)は、アイルランドの孤島の恵まれない家庭で暮らす、哀れな役だった。その彼にとっての新境地は、12月からPrime Videoで配信の始まった映画『Saltburn(ソルトバーン)』だ。これは非常に面白かった。主演を張るバリー・コーガンの、あつかましく積極的な悪役は非常に魅力的である。ぜひ皆さんにもご覧いただき、改めて彼の虜になっていただきたい。

 

<オススメの作品>
『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(2018)

『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』

監督:ヨルゴス・ランティモス
出演者:コリン・ファレル/ニコール・キッドマン/バリー・コーガン/ラフィー・キャシディ/サニー・スリッチ/アリシア・シルヴァーストーン

監督は1月26日から新作『哀れなるものたち』の公開が控える、ヨルゴス・ランティモス。『聖なる鹿殺し』は、バリー・コーガンの得体の知れなさを、極力引き出したランティモスの手腕もかなり大きいだろう。普通の青年が奇妙な魔力を持っていても意外ではない、バリー・コーガンの無表情な怖さが非常に活かされていた。そして同時に、それは大変魅力的であった。

『イニシェリン島の精霊』(2023年)

『イニシェリン島の精霊』

監督:マーティン・マクドナー
出演者:コリン・ファレル/ブレンダン・グリーソンケリー・コンドン/バリー・コーガン

これは奇妙な映画だが、アイルランド色の強さからすると、『エターナルズ』よりもこちらを選びたくなる。物語は1923年、アイルランドのイニシェリン島に暮らすパードリックが、突然親友のコルムから絶縁を告げられるというものだ。極端だが、つまるところ面白い人間のいない土地はつらいという話なのだが、バリー・コーガンは年上の女性に失恋し、またとてもつらい環境に生きていたことがわかる役である。それもまた無表情ゆえに哀れなのだ。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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