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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第63夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『アメリカの友人』(77年)
『キャロル』(15年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

ハイスミスに恋してしまう映画『パトリシア・ハイスミスに恋して』

サスペンスを多く手掛けた作家、パトリシア・ハイスミスのドキュメンタリー映画『パトリシア・ハイスミスに恋して』が全国で公開になる。ハイスミスは彼女の小説よりも、先に映画原作者として知ることの方が多かった。まずヒッチコックの交換殺人を描いた『見知らぬ乗客』(51年)の原作者である。そしてこの時点ではすでに、変名のクレア・モーガンで書いた『The Price of Salt』が大ヒットしていた。現在はハイスミス名義で『キャロル』として出版されている。

わたしが小さい頃は、アラン・ドロンはまさに二枚目の代名詞で、『太陽がいっぱい』(60年)はしょっちゅうテレビで放映されていた。この映画では遊学中のボンボンが、連れ戻しに来た父親の遣いのトム・リプリー(アラン・ドロン)を、便利屋のようにあしらう。二人は親友のようだが確実な身分差がある。小学生の頃に読んだ吉行淳之介と淀川長治の対談の中で、淀川先生が『太陽がいっぱい』はホモセクシャルの隠喩なのだと語っていた。二つの殺し方の違いに、その感情が現れていると仰っていた。『太陽がいっぱい』の溢れているのに言葉にしない何かは、明らかに殺人の動機でもあるのに、まだ映画化した当時は前面に押し出すのが憚られた時代だった。

ハイスミスはテキサスの生まれだ。よりによってもっとも同性愛に厳しい保守的な地域で、彼女が長く地元にいられるわけはなかった。ニューヨークでもまだ同性愛者が集う店はアンダーグラウンドで、店名はひっそりと仲間の中で伝え合うだけだった。この映画のチラシを見ればわかるが、ハイスミスは美貌だ。現在はルッキズムに厳しい時代だが、わたし個人は美貌も「数学が得意」「走るのが速い」「絵を描くのが上手」といった、頑張っても限界以上に上達できるわけではない、持って生まれた才能のひとつと思っているので、それに言及しないのは不自然と思う。

同じく『太陽がいっぱい』を映画化し、マット・デイモンがトム・リプリーを演じた『リプリー』(99年)は、リプリーがボンボンのディッキー(ジュード・ロウ)を殺害したあと、彼がディッキーになりすますのが混乱する。ケイト・ブランシェットとグウィネス・パルトロウが、行く先々に偶然何度も現れ、リプリーが慌てふためくことになる展開もしつこい。ジュード・ロウとマット・デイモンを見間違う人も、そんなことがあると思えずまったく理解できない。何か豊かさや趣のない映画だ。 それと、非常に奇妙な映画でクロード・シャブロル監督の『ふくろうの叫び』(87年)がある。わたしの生涯のベストテンに入るくらい大好きな映画だが、残念ながらVHSしか出ていない。それに、主人公の周りで雪崩のように人が死んでいく、ものすごく変な話なのだ。映画を観た後ハイスイスの原作を読んだが、驚いたことに小説にとても忠実だった。主人公は何事も気のない人で、ごり押しされると(まあいいか)といった感じで受け流してしまう。そのせいで周囲の人が狂わされていく話である。ハイスミスも特定の女性を深く長く愛することはなかったようなので、こういう詰められ方をよくしたんだろうな、と想像してしまう。なんとか誰か、『ふくろうの叫び』をBlu-ray化してほしい。

 

<オススメの作品>
『アメリカの友人』(77年)

『アメリカの友人』

監督:ヴィム・ヴェンダース
出演者:デニス・ホッパー/ブルーノ・ガンツ/ジェラール・ブラン/ダニエル・シュミット/ニコラス・レイ/リサ・クロイツァー

「リプリー」はシリーズものである。トム・リプリーをデニス・ホッパーが演じ、中年になってから絵の贋作を販売しているのが、ヴィム・ベンダースの『アメリカの友人』だ。原作は同名の74年度作。久々に観たが、ロビー・ミュラーの撮影がなんと素晴らしいことか。それだけで胸がいっぱいになってしまうし、額縁職人のブルーノ・ガンツと、ホッパーの死の前の戯れというべき危なっかしい友情が泣けてしまう。本当に傑作だなあと思う。贋作画家役のニコラス・レイもかっこいい。

『キャロル』(15年)

『キャロル』

監督:トッド・ヘインズ
脚本:フィリス・ナジー
出演者:ケイト・ブランシェット/ルーニー・マーラ/カイル・チャンドラー/サラ・ポールソン/ジェイク・レイシー/ジョン・マガロ

1950年代、デパートの玩具売り場で働いていたテレーズは、キャロルという人妻に目を奪われる。テレーズはボーイフレンドに対してなんの感情も湧かないが、キャロルには胸の高まりを覚え、彼女に嫌われたくないと思う。キャロルも夫と離婚の話が出ており、子どもの親権争いをしていた。急速に近づいていく二人は愛し合うようになる。だが、キャロルの夫はそれが不健全なことだとし、親権を取ろうとする。サンタ帽をかぶったルーニー・マーラの華奢ないとおしさ。同性で一緒に暮らすのは、今でも好奇心を示す隣近所がいて疎ましいだろう。当時を想うと胸が痛む。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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