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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第48夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『たちあがる女』(1973年)
『晩菊』(54年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

おばさんが主人公の映画

ミシェル・ヨー主演の『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が話題である。アカデミー賞で主演女優賞も獲得し、アジア系の女優としては、『ミナリ』のユン・ヨジョンに続く存在となる。だがいまは2023年。ここまで長い間、アジア系のおばさん、またはおばあさんが注目を浴びる映画ってなかったんだな、と思う。「お母さん」とすればまた話は変わってくるのだが、家庭よりも一人の女性の葛藤だけを描くとなると、とたんに減ってしまう。

アジア系に限らず、白人でさえ恋愛要素のないおばさん映画は少ない。独身で中年期、老年期にまで至った女性もそれなりにいるはずなのだが、映画を作る人間にとって、それは魅力的な題材に映らないのだろう。もしくはそういった人々の生活が想像しづらく、ドラマがあるように思えないかもしれない。男性ならばなにがしかのドラマを想像できても、女性は社会の中で不可視の存在となってしまっているのだ。

これまでアカデミー賞絡みになった中では、『ある女流作家の罪と罰』(18年)がある。かつてベストセラー作家だった女性リー(メリッサ・マッカーシー)は今や落ちぶれ、アルコールに依存しながら、校正などの仕事をする毎日だ。もともと人嫌いな性格だから、一人で作業ができる作家を志していたのに、今更、他人と机を並べて働いても愛想よくできない。ストレスで仕事中からアルコールを飲んでいることがバレて、仕事はクビになってしまう。もはや彼女にとって残された道は、得意な文才を駆使して、有名人の手紙を偽造することだった。リーは強い女性だが、一緒に年老いてきた猫がいる。これは観ていて胸が痛い。同じ不安を抱えている、または同じ哀しみを味わった猫飼いの人々は多いだろう。

アカデミー賞で助演女優賞をとったユン・ヨジョンが、韓国で出演した『バッカス・レディ』もひとりの女性の生き方を描いた作品だ。彼女は初老の娼婦である。しかし別にエロティックな映画ではない。公園でバッカスという飲み物を売るのが合言葉なのだが、侮辱されたり、粗暴に扱われたりといった性差別の視点も持ち込まれる。そしてなじみの客たちが高齢化し、「入院しているが、延命措置を外してほしい」という意外な依頼が舞い込み、彼女なりの選択をしていくという物語である。家族の付属物としての妻やお母さんという立場ではなく、一人の強い意志を持つ女性として彼女は描かれている。

アイスランドのベネディクト・エルリングソン監督の『たちあがる女』(18年)は、風光明媚なアイスランドの田舎町を舞台にしている。そこで謎の環境活動家「山女」として、アルミニウム工場に破壊行動を仕掛けているハットラは、普段は何食わぬ顔で合唱団の講師として過ごしている。その落差にも笑ってしまうが、彼女が長年望んできた、養子の引き取りが実現する可能性が出てきて、話はややこしくなってくる。思いがけない行動をする彼女に、つい引き込まれてしまう映画だ。

じつはじっくり考えれば、独りで生きてきた女性には十分な時間があり、何かに熱中したり、何かを成し遂げたりしていておかしくないのだ。それは独身中年男性とまったく変わらない。恋愛以外でも女のドラマというのが、もっと増えておかしくないのではないだろうか。

<オススメの作品>
『たちあがる女』(1973年)

『たちあがる女』

監督:ベネディクト・エルリングソン
出演者:ハルドラ・ゲイルハルズデッティル/ヨハン・シグルズアルソン/ヨルンドゥル・ラグナルソン/マルガリータ・ヒルスカ

ベネディクト・エルリングソン監督が、注目を集めた長編デビュー作の『馬々と人間たち』も、非常に面白いのでこの機会にぜひ観てほしい。静かなユーモアが魅力的だ。また本作ではハットラの闘い方は古典的である。彼女が駆け巡るアイスランドの雄大な美しさ、複雑さも目を奪われてしまう。また、音楽を担当しているミュージシャンたちが、映画の中に登場するシュールさも胸が沸き立つ。

『晩菊』(54年)

『晩菊』

監督:成瀬巳喜男
脚本:田中澄江/井手俊郎
原作:林芙美子
出演者:杉村春子/沢村貞子/細川ちか子/望月優子/上原謙/小泉博/有馬稲子/見明凡太朗/沢村宗之助/加東大介

成瀬巳喜男監督が杉村春子を主演に、元芸者で金貸しをしている初老の女性きんを描く。彼女は主に昔の芸者仲間に金を貸し、取り立ては容赦ない。金を借りる彼女らは旦那と貧しい小料理屋をやっていたり、掃除婦をしていたりと冴えないが、きんだけは一人暮らしでも金さえあれば満足といった様子だ。しかし、昔の恋人から逢いたいと連絡がきて、珍しく浮き立つきんだが……。成瀬の中でも特異な一本。不思議なテーマで興味津々で観ずにいられない。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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