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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第40夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『疑惑の影』(43年)
『裏窓』(54年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

ヒッチコックがモデルにしたとある事件

以前からたびたび取り上げているように、アルフレッド・ヒッチコック監督の映画はいまの時代になっても、色あせることなく面白い。謎、スリル、サスペンス、そこに緊張と笑いがあり、珍しい撮影のギミックでハッとさせられる。その後の監督たちが踏襲して、さんざっぱらやり尽くしているだろうと思っても、やはり創始者のそのギミックに対する凝視や集中力はスクリーンに現れていて、ヒッチコック作品は異様な迫力を放つのだ。

ヒッチコックはミステリーというよりは、サスペンスの監督である。犯人はほぼ明かされていて、フーダニットやハウダニットではない場合が多い。『裏窓』は足を骨折し、安静を余儀なくされたカメラマンのジェフ(ジェームズ・スチュワート)が、双眼鏡で向かいのアパートの色々な部屋を覗き見する設定である。その中で、とある喧嘩の絶えない夫婦の妻が突然姿を消し、その後も夫の怪しい動きをいくつも目撃してしまう。この時点で観客も、殺人が起こったことは確信しているだろう。観るべき点は、いかに車椅子のカメラマンが、この事件を解決するかになる。

以前、この連載でヒッチコック監督作の「レオポルドとローブ事件」を基にした、『ロープ』(48年)を紹介したが、ほかにも実際の事件から着想を得た映画がいくつもある。『サイコ』(60年)のアンソニー・パーキンスが、エド・ゲインからイメージを得ているのは有名だろう。『間違えられた男』(56年)の冤罪事件は誰にでも起こりうるだけに、息苦しい不安がつきまとう。

それと、あまり知られていないかもしれないが、『疑惑の影』(43年)にもモデルがいる。映画は田舎町のニュートン家が舞台。主人公の若い女性チャーリーのもとへ、同じ名を持つ洗練された叔父チャーリーが帰ってくる。田舎に飽き飽きしたチャーリーが、ずっと憧憬を抱いてきた叔父だ。しかし、彼は未亡人連続殺人の容疑で警察にマークされており、姪のチャーリーに好意を抱いた刑事は、彼女の身を案じて助言をする。半信半疑だったチャーリーも、叔父の素振りに不自然な点を感じていく。

この殺人鬼のモデルはアール・ネルソン。映画でジョゼフ・コットンが演じた、お茶目で紳士な叔父チャーリーとは打って変わり、「ゴリラ男」の異名を持つ凶暴な殺人鬼である。ヒッチコックが引用したのは、アール・ネルソンが未亡人や下宿の女主人を毒牙にかけていったこと。それと、アール・ネルソンは10歳の頃に自転車に乗っていて路面電車と衝突し、それ以来奇妙な行動を取るようになった点だ。映画では叔父チャーリーについて、姉が「弟は小さいころは寡黙な読書家だったのに、ある日自転車事故で頭を打ってから、急にお喋りな社交家になった」と語る。

ホラー作家の平山夢明さんは、非常にハイテンションで面白い方だが、知人に「平山さん、小さいころ、頭を強打したことありませんか?」と不意に尋ねられたという。なぜそんな質問をされたかわからないが、実際、幼少時に頭を強打した経験があったそうだ。このエッセイを読んだとき、わたしが『疑惑の影』を思い出したのは言うまでもない。やっぱり、何か因果関係があるんだろうか?

<オススメの作品>
『疑惑の影』(43年)

『疑惑の影』

監督:アルフレッド・ヒッチコック
出演者:テレサ・ライト/ジョセフ・コットン/マクドナルド・ケリー/パトリシア・コリンジ/ヘンリー・トラヴァース

サスペンスでありつつ、映画内で殺人談義をしていて笑いを誘うなど、ヒッチコックの映画には緩急があるから見入ってしまう。姪のチャーリーを演じるテレサ・ライトの伸びやかな明るさもいい。ジョゼフ・コットン演じるチャーリーも、あっという間に周囲の人間を魅了するチャーミングさがある。だが、姪のチャーリーは叔父から指輪をプレゼントされるが、内側に彫ってあるイニシャルが違う。殺害した未亡人から奪ったものを、そのままプレゼントするような、冷淡な杜撰さがやはり殺人鬼なのだ。

『裏窓』(54年)

『裏窓』

監督:アルフレッド・ヒッチコック
出演者:ジェームズ・スチュワート/グレイス・ケリー/ウェンデル・コーリイ/セルマ・リッター/レイモンド・バー

ヒッチコックの代表作の1本といえるだろう。原作はコーネル・ウールリッチ。生粋のニューヨーカーだったウールリッチらしい、舞台設定がマンハッタンのグリニッジヴィレッジらしさにあふれている。車椅子のジェームズ・スチュワートは、双眼鏡で向かいのアパートの各部屋をのぞいていくだけなのだが、おそらくステージを目指している若者や、逆に孤独な中年女性など、凝縮された都会がそこにある。向かいのアパートの住人全員が、多層的な助演者として役割を果たしている。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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