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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第29夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『オズの魔法使」(1939年)
『ワイルド・アット・ハート』(1990年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

ルビーの靴のかかとを三度鳴らして

『オズの魔法使』(39年)はいまだに子どもの豊かな夢想を育む、世界を代表するファンタジー映画だ。カンザスの田舎に住むドロシー(ジュディ・ガーランド)は、虹の彼方に素晴らしい世界があると夢見ている。ある日、竜巻に家ごとさらわれたドロシーは、愛犬トトとともに魔法の国オズに到着した。映画は冒頭、セピア色のモノトーンで始まるが、オズに着いて家の扉を開けたとたん、辺りは極彩色の景色となる。この見事な展開によって、初期のテクニカラー映画の成功例として、本作は必ず名前が挙がるほどだ。

この映画は大人になってから何度観ても、奇妙な興味をそそられる。ブリキのきこりやライオンの造形は意外に気持ち悪いし、家の下敷きになって死ぬ東の魔女は、死体のルビーの靴を履いた足しか映らない。オズでドロシーたちを出迎えるマンチキンは、小人病の俳優たちが大勢集められていた。しかしオフの時間には、成人である彼らが当時まだ10代のジュディに、性的嫌がらせをしたという身内の告発もある。本作は名作の誉れに対し、何か不思議に気持ち悪い映画として、映画の夢と悪夢が詰まって感じられるのだ。

ドロシーを演じたジュディ・ガーランドも、映画会社のMGMと契約した13歳のときに、太り気味だということで痩せ薬を飲まされるようになった。痩せ薬のアンフェタミンは、今でいう覚せい剤だ。数年は青春映画のヒロインとして活躍したジュディだが、20代になるや早々ドラッグの問題を抱え、結婚と離婚を繰り返しお騒がせ俳優となった。撮影現場への遅刻欠勤が多く、麻薬や神経症から何度も精神科での入院治療を余儀なくされた。数回の自殺未遂を起こし、最期は47歳の若さで、睡眠薬の過剰摂取で死亡しているのが発見された。死亡原因は自殺か事故かはわかっていない。

きっと、疲れ切った人生だったことだろう。ハリウッドの眩しいスポットライトの中、あの愛くるしいドロシーのその後に、こんな重苦しい人生が待っているなんて誰が想像するだろうか。いま『オズの魔法使』を観ても、左右にブラウンの髪を垂らし、サクランボ色の唇をしたジュディ・ガーランドのかわいらしさは変わらない。それだけでも、映画がせめて彼女に与えた救済であると思う。

ジュディ・ガーランドはバイセクシャルであったと言われ、LGBTQのファンの存在も歓迎する発言をしていた。当時はまだ、同性愛者に対する差別が横行していた時代だ。また、『オズの魔法使』は不思議と奇妙なセクシャルさがあって、独特の感性を持つ人々を刺激し、魅了してきた。そんな背景もあって、ジュディは長らくLGBTQのアイコン的存在だった。ゲイであることを公言しているエルトン・ジョンの『グッバイ・イエロー・ブリック・ロード』は、ジュディ・ガーランドへの哀悼の曲である。日本では『黄昏のレンガ路』という邦題で知られているが、原題が意味するのは『オズの魔法使』に登場する、オズの魔法使いが住むというエメラルドシティへの黄色いレンガ道のことだ。

こんな背景があるせいか、『オズの魔法使』の影響を受けた映画は不思議と病んだものが多い。次回は、そんな黄色いレンガ道に続いた映画たちを紹介したいと思う。

<オススメの作品>
『オズの魔法使』(1939年)

『オズの魔法使』

監督:ヴィクター・フレミング
出演者:ジュディ・ガーランド/フランク・モーガン/レイ・ボルジャー/バート・ラー/ジャック・ヘイリー

いまさらだが、大人の目線で観返してみてほしい。ケシ畑のシーンでは、ドロシーとトト、ライオンは急な眠気に誘われて意識を失ってしまう。だがブリキの木こりとかかしは平気だ。それはもちろん、麻薬のケシが生物にのみ効いているからである。また、本作の美術はあまりに賑々しい。飾り立てた良い魔女の造形も、ドロシーのような素朴な少女に不釣り合いなルビーの靴も、女の子だけではなく、女装に憧れる男の子たちの欲望を刺激したのだ。子供向けと思われていた名作映画は、ある種の特質を持った少年少女たちを開花させていたのである。

『ワイルド・アット・ハート』(1990年)

『ワイルド・アット・ハート』

監督:デヴィッド・リンチ
出演者:ニコラス・ケイジ/ローラ・ダーン/ウィレム・デフォー/イザベラ・ロッセリーニ/ダイアン・ラッド/シェリリン・フェン

デヴィッド・リンチのセックスと暴力にあふれた本作は、もっとも象徴的に『オズの魔法使』へオマージュを捧げた作品だ。ルーラ(ローラ・ダーン)と恋人のセイラー(ニコラス・ケイジ)は、ルーラの母親によって仲を裂かれようとしている。この異常な母親は意地悪な西の魔女そのままだ。他にも「虹の彼方」や「エメラルドシティ」「黄色いレンガ道」といった『オズの魔法使』から引用された言葉が頻出する。男から凌辱されかけたルーラは泣き声をあげながら、赤い靴のかかとを三回鳴らす。『オズの魔法使』のドロシーのこの仕草は、現実逃避の象徴としてその後の映画に影響を与えている。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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