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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

真魚八重子「映画でくつろぐ夜。」 第14夜

Netflixにアマプラ、WOWOWに金ロー、YouTube。
映画を見ながら過ごす夜に憧れるけど、選択肢が多すぎて選んでいるだけで疲れちゃう。
そんなあなたにお届けする予告編だけでグッと来る映画。ぐっと来たら週末に本編を楽しむもよし、見ないままシェアするもよし。
そんな襟を正さなくても満足できる映画ライフを「キネマ旬報」や「映画秘宝」のライター真魚八重子が提案します。

■■本日の作品■■
『接吻』(08年)
『殺人の追憶』(03年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

事件と本と映画

 以前この連載で、ピーター・ウィアー監督の『ピクニックatハンギング・ロック』という映画を紹介した。女子学園の生徒たちがピクニックに行ったところ、数人の生徒が行方不明になってしまった未解決の出来事を描いた作品だ。ある時まで、わたしは本作が実話に基づく映画だと思っていた。
 この映画には原作がある。ジョーン・リンジーの同名小説だ(創元推理文庫)。翻訳も出ているので映画が気に入った方にはぜひオススメしたい。小説も非常に謎めいているのだが、映画を実話と勘違いする発端は、この原作が「実話かのように」書かれているためなのだ。そういう構成としてすごく面白い小説である。たとえば実話とは断言しなくても、「未解決」の一言を添えるだけで(アレ?本当の話なのかな?)という感覚が生まれる。そういった誤解をあえて招くような巧みな書き方をした小説だ。
 人間は答えが知りたい動物だけれど、謎が謎のまま放置されていると、それもまた妙にリアルに思えてゾクゾクするものだ。それに答えは聞いても、満足したとたん意外に忘れてしまう。じつは想像を膨らませて推測を巡らせている時間が、一番充実しているのかもしれない。

 実話怖いよ系では、『ディアトロフ・インシデント』もあげておきたい。レニー・ハーリン監督のファウンドフッテージ物のホラーで、心理学の研究者である若者たちが、「ディアトロフ峠事件」の被害者心理を究明するため、同じ行程を辿るうちに巻き込まれる恐怖を描いている。
 この映画もよくできているのだが、とにかく元々の「ディアトロフ峠事件」自体が怖い!ご存じない方はすぐ検索して調べてほしい。1959年にロシアで起こった、いまだに原因が解明されていない有名な遭難事故だ。生存者がいなかったので、謎めいた遺体の状況に説明がつかないまま現代に至っている。3年ほど前にも『死に山』(河出書房新社)という、本件の謎に取り組んだ書籍が翻訳されて話題になった。
 実話を絡めた映画はかなり好奇心を刺激されてしまう。人として不届き者とは思いつつ、同じ人間なのに理解できない挙動が一番気になるから、不可解な犯罪や事件に惹かれるのかもしれない。「ディアトロフ峠事件」は極寒なのに遺体が全員裸だったのは、就寝中に雪崩に襲われたからではなど色々推察がされているが、今後も真相はやはりわからぬままだろうか。

 日本で実際の犯罪を小説化した大家といえば、松本清張だ。著者が検事から事件の聞き取りをした『鬼畜』や、「別府三億円事件」をモデルにした『疑惑』といった、昭和を代表する実録サスペンス映画の原作として、本好きなら好みではなくても、一度は読んでみていると思う。松本清張にも実話ベースと創作があるので、『影の車』は実録じゃなかったよな?とたまに混乱することがある。
 そういえば、松本清張の実録犯罪に基づく小説といえば、「青ゲットの男事件」の『家紋』が有名だ。市原悦子による朗読劇があり、さきほど聞き始めたらすぐ怖くなって止めてしまった。青ゲットを夜中に検索すると後悔するので、気を付けたほうがいい。

『接吻』(08年)

『接吻』

監督:万田邦敏
脚本:万田珠実/万田邦敏
出演者:小池栄子/豊川悦司/仲村トオル

 主演の京子を演じた小池栄子が絶賛された作品。たとえ社会から否定されようと、自分の信念を頑なに貫き通すヒロイン像が強靭で胸を打たれた。OLの京子は家族や友人と距離を置き、孤独に暮らしている。その京子が、カメラ前で不敵に笑った殺人犯の坂口(豊川悦司)をテレビで見たとき、恋に落ちる。
 京子が会社で同僚女性に残業を押し付けられ、翌日その同僚にタクシー代を請求すると不快そうにされるシーンで、(ああ、この人はこうやって人間に失望していったんだな)とわかる。だから挑発的に社会を敵に回す坂口に京子は共鳴し、獄中結婚をしてともに戦おうとする。人間的なモラルを後回しにしても、怒りや愛を重んじる価値観の女性が、素直ですがすがしいほどに感じる。世間一般からは京子は屈折して見えるかもしれないが、すごく正直な人だ。
 通り魔的殺人、犯人の不敵さ、獄中結婚という要素から、附属池田小事件の宅間守が連想されるが、脚本の万田珠実はそれらはプロデューサーの意向を反映したものだと言う。しかしその中から京子という稀有な、強いキャラクターを生み出したのが素晴らしい。

『殺人の追憶』(03年)

『殺人の追憶』

監督:ポン・ジュノ
脚本:ポン・ジュノ/シム・ソンボ
出演者:ソン・ガンホ/キム・サンギョン/パク・ヘイル

 韓国を戦慄させた「華城連続殺人事件」。未解決で終わるかと思われたこの事件が、2019年に犯人の自供によって解決したのは驚愕だった。犯人は別の事件で無期懲役刑を受けていたイ・チュンジェ。新しい科学捜査で重要容疑者として彼の名前が浮上し、警察の尋問が行われたところ自白をした。
 事件のまがまがしさ、残忍さに対し、この映画は深刻な描写をしながらも笑いをはさむ。ポン・ジュノの新作はずっと見続けているけれど、劇場で傑作を観た!と打ち震えるような思いをしたのは本作が一番だ。映画は雨の日の殺人にどこか抒情を覚えつつ、犯行のグロテスクさ、警察の暴力的な杜撰さへの怒りをあからさまにする。
 ポン・ジュノ監督は「犯人は映画館でこの映画を観るかもしれません」と言っていたが、イ・チュンジェは刑務所のテレビで本作を観たという。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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