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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第108夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『アメリカン・サイコ』(2000年)
『映画検閲』(2021年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

女性監督はなぜ過激な表現をするのか

最近は女性監督の台頭がめざましい。特にホラーやスリラーのジャンルでの活躍が目立つ。また、通常のドラマ映画でも時にハッとしてしまうほど、過激な表現を用いることが多い。

現在公開中の『タンゴの後で』は、ジェシカ・パルーが監督を務めている。『ラストタンゴ・イン・パリ』の主演だった、マリア・シュナイダーの伝記映画だ。シュナイダーは『ラストタンゴ~』の撮影中、脚本に書かれておらず、事前に同意も得ていないバターを使った性交シーンを、強制的に撮られた。それは挿入の有無に関わらず凌辱行為であった。そのうえ、この映画の公開後のシュナイダーはインタビューでもバターについてばかり質問されるようになり、街中でも「バター!」と嘲りの言葉をかけられるなどの受難に陥った。

『タンゴの後で』はこの強制的だったバターを使った性交シーンを、非常に生々しく再現する。マリア・シュナイダー役のアナマリア・バルトロメイは露骨に臀部を晒していて、そこまでリアルにする必要があるだろうかと、観ていてちょっと戸惑ってしまった。本作に関してはバルトロメイが当然同意しているという安心感はあるものの、それくらい確かに、マリア・シュナイダーの受けた辱めがいかほどのものであったかの再現になっていた。

他にも最近気になった女性監督作品は、ビデオナスティと呼ばれる低俗なホラー映画の検閲を描いた『映画検閲』(プラノ・ベイリー=ボンド監督)、少女への凌辱シーンのある『MELT メルト』(フィーラ・バーテンス監督)、グロテスクな身体変化のシーンが突出していたホラー『サブスタンス』(コラリー・ファルジャ監督)、銃撃によって血まみれになる『愛はステロイド』(ローズ・グラス監督)など、すべて女性監督による過激な作品だ。他にもミア・ゴスが主演とプロデュースを務める『MaXXXine マキシーン』は、3部作になっていて、血に濡れた作品群だが、かなりミア・ゴスが制作にも深く関わっている。

なぜ女性監督たちがこれらの作品を手掛けるのか。まず、「突き抜けたホラーやスリラーを撮れるのは男性だけの特権ではなく、女性にもそういった感性と実行力がある」ことを、具体的に見せつけるためであると思う。女性は恐ろしいものを毛嫌いする、または血まみれや恥辱の映画が苦手なものだという、世間の思い込みを払拭するために、あえてそういった映画を撮る女性監督たちが、目立っているのではないか。

10月4日公開のパトリシア・マズィ監督作『サターン・ボウリング』も、非常に過激な暴力シーンがある。男女の性的なシーンから急激に暴力に変化していくのを、ワンシーンで撮っているために非常に衝撃度が高い。また、劇中では女性が犠牲となる連続殺人が起こるのだが、犯人は遺体を常に全裸で捨て去るため、腐敗し始めた裸体が写る。容赦ないアップのカットもあるし、かなり引いたショットでも、路肩に全裸の遺体が放置されているのは女性の尊厳がない。そこまでするかという即物性があり、あえて犯人の凄まじい暴力性を感じさせる映画に仕上がっている。

作品によっては性的暴力にトラウマや抵抗のある人は、鑑賞に注意が必要な場合もあるほどだが、女性監督がこういった映画を撮っていることが、いま顕著であるのは間違いない。内面の男女のジェンダーは曖昧なものであり、0と100で区別できず、もっと曖昧に男女性は混じり合っているものである。暴力が男性性のもの、と言ってしまうのも言い過ぎだろうが、これらの映画が「まるで男性監督が撮っているのと同じくらい過激だ」「女性がこんな露悪的なものを撮るなんて意外だ」という印象を与えるなら、ジェンダーの揺らぎや思い込みを問い直す必要がありそうだ。

<オススメの作品>
『アメリカン・サイコ』(2000年)

『アメリカン・サイコ』

監督:メアリー・ハロン
出演者:クリスチャン・ベイル/ウィレム・デフォー/ジャレッド・レト/ジョシュ・ルーカス

昔から過激な映画を手掛ける女性監督もいた。本作の監督であるメアリー・ハロンは『I SHOT ANDY WARHOL』や、ボンデージ・モデルの伝記映画『ベティ・ペイジ』などを手掛けた、いわゆる“女性らしからぬ”作品がフィルモグラフィーに並ぶ。本作は80年代を舞台にした、ニューヨークのエリートサラリーマンに、女性を殺害する快楽殺人鬼の裏の顔があるという物語である。ウォール街で働く青年たちが、互いの名刺を吟味し合う場面など、ブラックな笑いもある映画だ。

『映画検閲』(2021年)

『映画検閲』

監督:プラノ・ベイリー=ボンド
出演者:ニアフ・アルガー/ニコラス・バーンズ/ヴィンセント・フランクリン/マイケル・スマイリー/ソフィア・ラ・ポルタ

1980年代のイギリスが舞台。当時「ビデオナスティ」と呼ばれた、低俗なホラーに対し、検閲を行う女性が徐々に現実と妄想の境目を見失っていく様を描く。主人公のイーニッドは優秀な検閲者だったが、あるホラー映画を観ているとき、その主演が幼い頃に行方不明になったままの妹に似ていることに気づく……。監督のプラノ・ベイリー=ボンドは、インタビューでも述べているが、生粋のホラー映画愛好者である。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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