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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第102夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『偽りなき者』(2012年)
『スポットライト 世紀のスクープ』(2015年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

真実の記憶、嘘の記憶

まだ公開はちょっと先なのだが、8月8日封切りの『サタンがおまえを待っている』が興味深い作品だった。1980年代後半から90年代にかけてが舞台のドキュメンタリーで、主人公はミシェルという女性。彼女はセラピストによる退行睡眠療法を受け、5歳のときに母親によって悪魔信者たちの供物にされた記憶を取り戻したのだ。そこでは胎児が殺害されたり、排泄物を食べたりする儀式もあったという。ミシェルを扱った書籍は話題となり、彼女はワイドショーへも多く出演し、全米は悪魔パニックに陥った。ミシェルに追随するように、自分も悪魔信者の供物にされたと訴える女性も次々に現れ、大勢の赤ん坊が儀式のための犠牲になったと言われた。

冷静な人なら、そんな大勢の赤ん坊が行方不明になったら気がつくはず、と思うだろうが、パニックに陥った大衆は悪魔信者狩りの様相を呈した。赤ん坊を殺していなくても、保育園の保育士が性的虐待を行っていたと吊し上げを喰い、マッツ・ミケルセンの代表作『偽りなき者』を地でいく事件も起こってしまった。しかしこの映画でもすぐに論破されていたが、集団ヒステリーを起こした両親の下で、3~5歳の子どもが自分の意見を間違いなく絶対として述べられるだろうか。もし何事もなかったと語ったとしても、パニックになった親は子どもの記憶を疑うのではないだろうか?

もちろん、すべての記憶が間違いのわけではない。退行睡眠セラピーや虚言ではなく、『スポットライト 世紀のスクープ』(15年)は信じがたい数の少年が、カトリックの神父から性的虐待を受けていた事実に基づく映画だ。こういった実際に疑いない事件が起こっており、犠牲者にトラウマを残した恐ろしい真実もある。ただ、紛らわしいのはやはり、退行睡眠セラピーによって、カトリックの高僧から性的虐待を受けたと告発した青年も存在したことだ。ただのちに撤回することになり、退行睡眠セラピーは下火になっていくのだが。

個人的に幼い子どもの記憶について、不思議な扱いをしていると思った映画がドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『プリズナーズ』だ。田舎町で幼い女の子二人が誘拐されてしまう。警官(ジェイク・ギレンホール)は小児性愛者など、怪しい人物を次々に尋問していくが、行方不明になった少女の父親(ヒュー・ジャックマン)は、最初に尋問された青年が犯人だと決めつけて、彼を監禁し拷問を始めてしまう。

そんな狭い街で子どもが16人も殺されていたことが途中で発覚するが、今まで警察は一体何をしていたんだろう。そんなに行方不明の子どもが出ていたのなら、何かしら怪しみ捜査をしそうなものだと思う。さらに犯人は意外にザルで、誘拐した少年の中には逃亡に成功し、成長して近くに住み続けている青年もいるのに、口封じどころか、後を追うことすらしていない。映画内ではその少年は、誘拐のトラウマから異常な大人に成長していて、警察から一時は犯人と疑われる。しかし自分が幼い頃に誘拐されたことを告発できない大人に成長するとは、なんの保証もないのに、この真実の犯人は随分と呑気なものである。幼い頃から知能に問題があったとしても、どんな証拠を提示するかわからないのだから、本当に手ぬるいとしか言いようがない。

映画は救助された少女がヒュー・ジャックマンに、「(監禁されていた場所に)あなたもいた」と思わせぶりな証言をさせる。これはヒュー・ジャックマンが真犯人を訪ねた際に、ちょうど少女が逃げ出して、彼が出入りするのを目撃したという意味だ。そういったところはわかりにくく、謎めいた作りにするのも小賢しい映画だと思う。

<オススメの作品>
『偽りなき者』(2012年)

『偽りなき者』

監督:トマス・ヴィンターベア
出演者:マッツ・ミケルセン/トマス・ボー・ラーセン/スーセ・ウォルド/アレクサンドラ・ラパポート

保育士ルーカス(マッツ・ミケルセン)に恋した幼女が、想いを受け取ってもらえなかったことに腹を立てて、性的虐待の嘘をでっちあげる。それを信じた大人たちによって、ルーカスが命の危険を感じるまで追い詰められる姿を描く。途中、保育園で他の園児たちもルーカスに性的いたずらをされたと言い出すが、それは集団ヒステリーに陥った親たちの言葉を、子どもたちがオウムのように語っていたにすぎないことが実証される。もちろん、決して子どもへの性的虐待が存在しないという意味ではなく、真実は慎重に扱わなければならないという我々への忠告となっている。

『スポットライト 世紀のスクープ』(2015年)

『スポットライト 世紀のスクープ』

監督:トーマス・マッカーシー
出演者:レイチェル・マクアダムス/マーク・ラファロ/マイケル・キートン/スタンリー・トゥッチ/リーヴ・シュレイバー

『ボストン・グローブ』紙が報道した、ボストン周辺地域でのカトリック司祭による性的虐待事件に基づいた映画。この一連の記事は2003年にピューリッツァー賞公益報道部門を受賞している。この映画に登場する、少年たちに性的虐待を行っていた神父の数は恐ろしいほどに多い。さらに事件が明るみになりそうになると、カトリック上層部によって隠蔽が行われていたことまでを、新聞社のチームが暴いていく。警察ではなく、報道から迫った視点が迫力を与えている映画だ。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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