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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第100夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『牯嶺街少年殺人事件』(1991年)
『エドワード・ヤンの恋愛時代』(1994年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

エドワード・ヤンのミソジニーとホモソーシャル性

エドワード・ヤンは台湾の映画監督で、『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』や『ヤンヤン 夏の想い出』といった代表作で知られる。2007年に癌によって59歳の若さで亡くなってしまったのは、惜しまれてならない。

そういったこともあって、エドワード・ヤンに対して批判的な言説は慮られるというか、あまり見たことがない。わたし自身も偉大な監督であったと思うし、エドワード・ヤンが天才であったのは間違いないことだ。『光陰的故事』は複数の監督によるオムニバスだが、ヤンの作品はファーストカットですぐさまわかる。緊張感が漂う少女のバストショットだけで、刻印のようにフィルムを支配する空気があるのだ。

『恐怖分子』もとても好きな作品だ。ヤンには自立した都会的な女性を描ける力がある。またこの映画のサスペンス性や、夢と現実が入り乱れる編集の見事さも鮮烈である。たくさんの紙が壁に貼られ、それ全体で一人の女性のアップの画像になっている演出は、一時期様々な映像作品で真似されたものだった。

ただ、早くに亡くなってしまった天才として、世間的にもヤンを神聖化しているきらいがある。もうそろそろ、リバイバルなどもあったことを踏まえて、現代の風潮から見ていかがかと思う点に関し、言及しても良いのではと考えている。

エドワード・ヤンの映画で顕著な点はミソジニーとホモソーシャルである。『牯嶺街少年殺人事件』も『恐怖分子』も、女性でしくじってしまう男の物語で、その募る想いはストーカーの如く女性を追い回し、殺害の意志にまで高まっていく。女性の描き方も『牯嶺街少年殺人事件』に関しては、男性関係に奔放すぎる描写が、どこか殺意を抱かれても仕方がないようなニュアンスをはらんでいる。もちろん、どれだけ奔放に生きようが殺される筋合いなどまったくない。

『カップルズ』には4人のつるんでいる不良青年たちが登場する。映画はそのうちの一人の純愛を描いているので、感動的なラブストーリーに一見思える。しかし、この不良たちはルックスの良い一人が女性を騙して部屋まで連れ込み、みんなで性的に共有することを女性に強いるのだ。彼らの目的が達せられない限り、部屋から出られない状況を考えれば、これは輪姦で完全な犯罪だ。女性が観て決して気分の良いシーンではない。主人公だけは純愛のストーリーで描かれるため、この女性の共有には参加しないが、逆に彼の愛した女性が毒牙の危機に晒される場面もある。

『牯嶺街少年殺人事件』は188分バージョンと、236分バージョンがあり、ヤンの意向としては前者が最終的な完成版だった。しかし編集で取り除かれたものも含めて、すべてのカットを観たいというファンの期待もあって236分バージョンが流通している。しかしヤンの意向通り、出来が良いのは無駄な場面を覗いた188分バージョンだ。236分版は緩慢で、少年の不良グループによる『仁義なき戦い』のような内容が延々と続く。少年たちが粗暴に荒れ狂う姿と、彼らにとって少女たちが簡単に取り換えられる存在にすぎない描写は、ホモソーシャルが徹底していて気分が悪い。エドワード・ヤンが映画を作り続けていたら、こういった批判が起こった可能性や、時代性を受けての自発的な路線の変更があったのではと思うのだ。

<オススメの作品>
『牯嶺街少年殺人事件』(1991年)

『牯嶺街少年殺人事件』

『牯嶺街少年殺人事件』
監督:エドワード・ヤン
出演者:チャン・チェン/リサ・ヤン/チャン・クォチュー/エレイン・ジン/チャン・ハン

エドワード・ヤンの代表作。主人公のシャオスー(チャン・チェン)は世渡り下手な父や兄弟たちと暮らしており、彼の居場所は狭い家では押し入れの中しかない。そのうえシャオスーは希望校の昼間部に合格できず、夜間に通うことになり、そこで不良少年たちと仲良くなっていく。そしてシャオミンという少女と出会い、彼女に惹かれるが、シャオミンは人を殺した青年の恋人だった。ショッキングなラストは、公開当時と今では桶川ストーカー事件なども経ていると、違った見方になる。

『エドワード・ヤンの恋愛時代』(1994年)

『エドワード・ヤンの恋愛時代』

『エドワード・ヤンの恋愛時代』
監督:エドワード・ヤン
出演者:チェン・シャンチー/ニー・シューチュン/ワン・ウェイミン/リチー・リー/ダニー・デン

都会的な映画も得意なエドワード・ヤンの恋愛喜劇。複数の男女が仕事に専念すると同時に、恋愛トラブルで複雑に入り乱れていく。途中のレズビアン的な友情を観ていると、ヤンが現代に生きていたら、バイセクシャルや同性愛をどのように描写したかが気になる。きっとそのような映画を撮る機会もあっただろうにと、詮無いことを考えてしまう。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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