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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

真魚八重子「映画でくつろぐ夜。」 第7夜

Netflixにアマプラ、WOWOWに金ロー、YouTube。
映画を見ながら過ごす夜に憧れるけど、選択肢が多すぎて選んでいるだけで疲れちゃう。
そんなあなたにお届けする予告編だけでグッと来る映画。ぐっと来たら週末に本編を楽しむもよし、見ないままシェアするもよし。
そんな襟を正さなくても満足できる映画ライフを「キネマ旬報」や「映画秘宝」のライター真魚八重子が提案します。

■■本日の作品■■
『サイコ』(1960年)
『ジェイコブス・ラダー』(1990年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

お風呂と映画

 できれば読者が鑑賞して参考にできるような、おしゃれな入浴シーンのある映画を思い出そうとしていたのだが、全然浮かばない。確かアン・ハサウェイ主演の映画で、浴室中にキャンドルが焚いてあるシーンがあった気がしたけれど、それもよくよく思い出すと「どうやってこんなにたくさん火をつけるんだ?」と思ったから記憶に残っていただけだった。お風呂場のアロマキャンドルというのは、現実的には多くても数本あれば事足りるが、映画の画面的にはそれではスカスカになってしまう。壁沿いにビッシリとろうそくを置くような振り切り方をしないと、ビジュアル的に映えないという演出上の枷が働いている。基本的にタイル張りで変化のない風呂場というものは、映画としては地味な場所だ。

『アメリカン・ビューティー』(99年)のバラの花びらを浮かべたお風呂も有名だ。もちろん、これも実行しようとしたらものすごくコストがかかる。あと、そのまま流したら排水溝に詰まってしまうので、お湯を落とす前に花びらを全部すくわなければならないかと思うと、実際には面倒くさい。バラの代わりに、冬至の夜のゆず風呂は現実的で粋だ。ただやっぱり、風呂のためだけにゆずを買うのは贅沢な気もする。同じ柑橘系ならみかんでも効果はあるそうだ。貧乏くさいので、バラの花びらの風呂について考えていたのに、結局食べ終わったみかんの皮風呂に行き着いてしまう。

 それと、お風呂の印象的な映画といえば、ホラーやサスペンス映画の方が俄然多くて、そちらの名作ばかり浮かんでくる。『エルム街の悪夢』(84年)の、湯船でリラックスして目をつぶっているヒロインの股間から、カギ爪が現れる場面は80年代ホラーの代表的なシーンである。日本らしい恐怖なら、『呪怨 劇場版』(02年)でヒロインの奥菜恵がシャワーを浴びていると恐ろしいことが起きる。高校時代、幽霊の怖さについて友人たちと話していたとき、「下を向いて目をつむって頭を洗っていると、幽霊がいそうで怖い」と言った子がいたのだが、これは多くの人が共有している恐怖の感覚なのだとわかる。
風呂場というのは無防備な姿で、多くの場合は一人きりになる。スリラー映画の、風呂場で殺人鬼に襲われる女性は、だからむなしい。抵抗するための物も持っていないし、誰かに助けを求めようとしたら裸を見られてしまう。死体となって発見されるのも当然全裸だ。裸で倒れている被害者を、スーツ姿の刑事たちが囲んでいるショットを観たことのある人は多いだろう。被害者だけが裸という非日常と、命を落としたうえに好奇の目で見られてしまう羞恥。男性観客へのサービスショットでありつつ、さらに殺人鬼に襲われる女性の無力感が一番感じられる瞬間として、スリラーやホラーで入浴シーンは重宝されている。

『サイコ』(1960年)

『サイコ』

監督:アルフレッド・ヒッチコック
原作: ロバート・ブロック
脚本: ジョセフ・ステファノ
出演:アンソニー・パーキンス
ジャネット・リー
ベラ・マイルズ

シャワーの中で女性が惨殺されるスリラーといえば、アルフレッド・ヒッチコックの本作が筆頭にあがる。しかしそもそもは、主役が途中で変わるような変則的な構成の映画で、非常に有名ではあるが王道ではない。有名すぎて見逃していた方がいま初めて観たとしたら、結構意外な導入と感じるのではないかと思う。

『サイコ』のシャワーシーンについて、映画の編集マンである浦岡敬一が著書『映画編集とは何か』(平凡社)で解説している文章が、非常に興味深かった。この一連の場面ではおかしな編集がみられるというのだ。初歩的な、髪が濡れた後に乾いた髪のショットが続く過ちや、排水溝の水の渦が逆巻きになっている謎、またはナイフを振り下ろすカットを挟まずに振りかざすカットが連続するなど、言われてみればという指摘がつらなる。逆に、スムーズではないから棘のように引っかかって印象深くなるのだろう。

ラストの沼から車を引き揚げる、即物的なショットも好きだ。

『ジェイコブス・ラダー』(1990年)

『ジェイコブス・ラダー』

監督:エイドリアン・ライン
脚本:ブルース・ジョエル・ルービン
出演:ティム・ロビンス エリザベス・ペーニャ ダニー・アイエロ マット・クレイヴン マコーレー・カルキン

サイコスリラーの傑作。ベトナム戦争から戻った男が、悪夢と現実の狭間で襲われる恐怖を描く。アメリカがベトナム戦争中に、自国の兵士に対して薬物の生体実験を秘密裏に行っていた実話を基にしている。

殺人鬼が登場するわけでもなく、犯罪が行われるわけでもない。そういった現実的な恐怖ではなく、なんとなく恐ろしいものの脅威に囲まれている不安感が滲む映画だ。個人的に印象に残っているのが、主人公のジェイコブが高熱を発し、キンキンに冷えた氷風呂に沈められるシーン。封切りで観た当時はまだ、日本の風潮として「熱があるときは体を温めて過ごせ」と言われるような時代だったと思う。なのでアメリカの熱下げ法である氷風呂は、そのいかにも肌に刺さりそうな冷たさや、ジェイコブを演じるティム・ロビンスの迫真の演技もあって、非常にショッキングなシーンになっていた。いまだに風呂の映画というと、これが真っ先に浮かんでしまう。

■■本日の作品■■
『サイコ』(1960年)
『ジェイコブス・ラダー』(1990年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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