樹の恵本舗 株式会社 中村 樹の恵本舗 株式会社 中村
ONLINE SHOP
MENU CLOSE
sai_header_0424_fix

「なるべく豪華な晩餐を」

たべるときに思ったあんなこと、こんなこと。
生きていくためには食べなきゃいけない。食べるためには生きなきゃいけない。
でもせっかくならいい気分で食べたいよね。食べながら素敵なことに思いを馳せたいよね。
なるべく豪華な晩餐を。
モモコグミカンパニーが綴る、食事をきっかけにはじまる美味しい感じのエッセイです。

深夜の喫茶店

寒い寒いある日曜日のこと。その日の打ち合わせやその他の予定を終え、一人でご飯屋さんに入ったり、ぼーっとしていたらいつの間にか夜遅くになってしまっていた。今日は考えることがたくさんあって頭の忙しい日だった。地の果てまで落ち込んでしまいそうなこともあった。なんだかどっと疲れていた。だけど、まだ進めないといけない作業もある。明日やるのでもいいけど、気持ち悪いから早く片付けてしまいたい。かといって、これからに家に帰って一人で黙々と作業する気にもなれないままトボトボ街を歩いていると、24時間営業のカフェが目についた。その店には、何度か行ったことがある。気品の漂う落ち着いた雰囲気の本格的な老舗の純喫茶なのに、24時間営業という珍しい喫茶店だ。時刻はすでに23時に差し掛かっていて、外は冷蔵庫の中のようにキンキンに冷えている。明日は平日だしあまり人もいないだろう。私はとりあえず店に入ることにした。すると、意外にも店内は満席で入り口付近には5人ほど待ちの客が並んでいた。10分近く並び、私の番が来て2人掛けのテーブルに案内された。店内には、一人で来ている人もいれば、若い男女二人組や、老人もいて賑わっている。ここは落ち着いたピアノの音楽が流れ、コーヒーの香りの漂う紛れもない純喫茶だ。こんな時間にバーや居酒屋ではなく、あえてお酒も出ないこの場所を選んでいるのには、それぞれ事情があるのだろう。
ホットカフェオレを注文すると、少ししてクラシックな制服に身を包んだ店員が、目の前でコーヒーとミルクの入った容器をそれぞれ両手に持ち、空のマグカップに注いでくれる。そのよく泡だったホットカフェオレを口につけずにぼーっと眺めながら、今日の出来事、やるべきこと、これからのこと、色々と考えをしばらく巡らせた。
ふと時計をみると、あっという間に0時近くになっていた。作業しようと思っていたのに、何も手につけていなかった。これではダメだと、丸まっていた背筋を伸ばして、周囲を見渡した。友人とおしゃべりしている人、ノートパソコンを広げ動画編集に勤しんでいる人、参考書を広げている人、タバコを吸いながらのんびりしている人、来た時より客は少し減っていたが、みんな思い思いに過ごしている。
普段この時間に起きていると夜更かしをしている罪悪感や孤独感が生まれるが、ここでは、そんなことお構いなしで、みんな昼間と変わらないみたいに手や口を動かしている。そうだ、明日は月曜日。彼らは課題に追われたり、ゆっくりしたり、楽しんだり、私みたいにぼーっとしたりして、明日のためにそれぞれバランスをとっているのだろう。
今日はどうしても一人になりたくなかった。家で考え事をしてしまったら、余計なことばかり考えてどんどん落ち込んでしまいそうだったからだ。だけど、私が悩んでいることも、上手くいかないこともそこまで珍しいことなんかじゃない。みんな、そんなものに向き合いながら生きている。そんなふうに思うと、救われるような気持ちになった。
窓際で慌ててプレゼンの資料を作成している人の背中に頑張れと心の中で唱えながら、私も頑張ろうとタブレットを広げた。

夜中の1時半をすぎ、相変わらず半分は埋まった店内で、私はそろそろ眠気に耐え切れずに会計をして外に出ると、相変わらず外は冷えていて人通りもない。私は世界でひとりぼっちみたいだった。だけど、まだ明かりの灯った窓を見上げると心強かった。
大丈夫、みんなと同じように私にも明日が待っている。

Product

ライター紹介

モモコグミカンパニー
ICU(国際基督教大学)卒業

大ヒット曲を連発して各メディアで活躍し、2023年6月29日に解散したBiSHのメンバー。
メンバーの中で最も多くの楽曲の作詞を担当。
独自の世界観で圧倒的な支持を集めた。

"物書き"としての才能は作詞だけではなく、
2022年には『御伽の国のみくる』で小説家デビュー。
これまでエッセイ3冊、小説2冊の執筆を行い、
2024年5月20日には自身初の短編小説集「コーヒーと失恋話」を発売。
BiSH解散後は、執筆活動やメディア出演を中心に文化人として活動。

【X】@GUMi_BiSH
【Instagram】@comp.anythinq_
【blog】https://momoko-gules.vercel.app/
【FanClub】https://company-fc.jp/
久野里花子
イラストレーター・グラフィックデザイナー
1993年生まれ 愛知県出身
デザイン事務所を経て、2020年にフリーランス へ転身
書籍の挿絵やエディトリアルデザインを中心に活動中。

【X】@kuno_noco
【Instagram】nocochan_1213
【Tumblr】https://rikakokuno.tumblr.com
Back