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「なるべく豪華な晩餐を」

たべるときに思ったあんなこと、こんなこと。
生きていくためには食べなきゃいけない。食べるためには生きなきゃいけない。
でもせっかくならいい気分で食べたいよね。食べながら素敵なことに思いを馳せたいよね。
なるべく豪華な晩餐を。
モモコグミカンパニーが綴る、食事をきっかけにはじまる美味しい感じのエッセイです。

哀愁の相席ラウンジ

この前、相席ラウンジというものに初めて足を運んだ。
驚いた方もいるかもしれないが、これにはこんな経緯がある。
たまに会う年下の友人とカフェにいた時に「なんか、お腹すいたね」という話になり、どこかご飯屋さんに入ろうということになった。だけどこのまま二人でもなんだし、誰か誘いたかったが、時刻はすでに21時前。今から気軽に誘える共通の友人は思いつかない。
そんな時、「女性はご飯無料だし、相席行ってみる?」と友人が提案してくれたのだ。もちろん万が一、「モモコグミカンパニー」だとバレたら気まずいので表面上では躊躇いつつも、何度か相席ラウンジに行ったことがあるという友人の「料理は無料だけど結構美味しいよ。それに嫌な人だったらすぐチェンジすればいいんだし」という言葉も後押しをして、人生で一度くらいは経験してみてもいいんじゃないかという気もしてきた。それから流れるように、入店に必要だというアプリをダウンロードした。相席相手が嫌だったら、このアプリで【ローテーションボタン】を押せばいいのだという。このボタンは全員が押せることになっていて、誰が押したかも相席相手にもバレないようになっているみたいだ。
アプリには、店舗によって女性・男性の入店人数もリアルタイムで表示されていた。華金でもない平日ど真ん中の21時。若干過疎っている店舗もあるが、幸い近くの店舗にはそこそこ人数がいるようだ。
「名前と職業は偽ること、相席中はなるべくマスクを外さないこと、連絡先は誰とも交換しないこと」を決め、私は絶叫マシーンに乗る前のような気分で浮き足立ちながら未知の領域へと向かった。
「でもさ、マスク外さないんだったら私いつご飯食べれるの?」
「いつも相席相手がいるわけじゃないから、食べる時間はちゃんとあるよ」
「モモコに似てるとか言われたらどうするの?フォローしてくれる?」
到着するまでも心配事が絶えない私に、
「とにかく、私は話すの得意だから、モモコさんは何にも話さないで、いるだけでいいよ」
と言ってくれたので、私は彼女に全部任せて社会科見学のつもりで行こうと気を楽にした。
店についた頃には、もう22時前になっていた。私が友人に色々質問して、動き出すのが遅くなってしまったせいだ。受付でアプリをかざすと店員が相席相手は何歳くらいでどんな人がいいかと聞いてきた。女性は無料で食べ飲み放題なのに、そんな要望も聞いてくれるとは驚いた。そこは友人に任せ、いざ扉を開けるとギラギラした豪華な内装、大きめのBGMの中でチラホラと客が着席していた。一見、おしゃれなダイニングバーと変わりない。もっと簡素なイメージを持っていたので、ここでも驚いた。

友人と席につき、スマホでQRコードを読み取りメニューを見ると、アルコール類はもちろんソフトドリンクもご飯類もかなり豊富だった。
「鮮魚のカルパッチョ、ローストビーフ、パスタ、すき焼き、お寿司?!あ、デザートも沢山ある!」
私は、メニューを食い入るように見つめた。頼んだドリンクとカルパッチョがすぐに届き食べてみたが、レストランで出てくるものと大差なく美味しい。これをタダ喰いだなんて、バチが当たりそうだ。

しばらくすると、店員が「相席は大丈夫か」と確認しにきた。
そうだ、ここは無料の食べ放題の店ではなく、相席ラウンジだった。カルパッチョを口に運ぶのをやめて急いでマスクをつけた。一気に緊張感が押し寄せる。
程なくしてやってきたのは、30代後半の広告系の仕事をしているという二人組だった。
とりあえず、私たちは乾杯をした。同席した友人は言っていた通り、私が会話に参加しなくても男性たちに「今日は何していたんですか?」とか、相手にこちらを探らせる隙も与えずに、仕事のことなど質問したりして、すぐに楽しげな雰囲気を作っていた。その姿に感心しながらも、とにかく空腹であった私は彼らよりもまだメニューから目を離せなかった。気になっていたすき焼きを注文すると思いの外すぐに届いてしまった。温かいうちにマスクを外して思いっきり食べたくなり、申し訳ない気持ちでローテーションボタンをひっそりと押した。すると店員がすぐにきて、「お時間です」と言って男性たちはどこかに消えていった。
「これ、本当に私が押したことバレてない?」
友人に聞くと、店内の調整でもローテーションはあるし、男性のどちらかが押す可能性もあるんだから深く考えなくていいと言われた。確かに、ここでいちいち心苦しい気持ちになっていたらこの場所では身が持たないだろう。
またしばらくすると、店員が「次は3名よろしいでしょうか?」と聞いてくる。その3人がこちらにやってくる姿を見て私は先ほど店員に頷いたことを後悔した。彼らは、小麦色の肌にいかついネックレスに色の濃いサングラス、二人は上下のスウェット、一人はかっちりとしたスーツに身を包んでいて、体格も大きかった。
「やばい。逃げろ」
そう本能的に思ったが、いまさら逃げるわけにはいかない。
誰が相席相手になるかわからない、けれど相手が来たら相席しなければいけない。これがきっと私がここでタダ飯を食べても怒られないポイントなのだ。
隣を見ると友人は、何食わぬ様子で同じテーブルを囲んだ、いかつい3名のうちの一人に「えーサングラス外したら、優しい顔してますね!」なんて話しかけている。
「そんなこと言ったら・・・!」と内心慌てていると、言われた男性の方は意外にも笑顔で「そうでしょ。可愛い顔してるでしょ」なんて返している。
「いや、そんなこと言ってもやっぱり怖いって、、、」と私は心の中でツッコミを入れた。彼らはパッと見30代後半くらいかと思っていたが、29歳と思ったより若めだった。
「こいつ、4年付き合った彼女に先月振られちゃったんだよ」
スウェットにゴツいネックレスが、サングラスを外したら意外と優しい彼を指して言った。
残りのスーツの仲間も、「可哀想だよな。お前らが別れると思わなかったよ」と同調した。サングラスの本人もしょぼんとして「俺、子供も好きだから欲しかったし、うまくやっていると思っていたんだけど」と黙り込んだ。
私は、彼のことを何にも知らないのに不覚にも「(見た目はいかついけど)優しそうだし、きっといいお父さんになるのに」なんて慰めの言葉をかけていた。
テーブルに切ない空気が流れる。このような場所に来る人なのに、彼らが意外と一途な恋愛をしていたり、普通の幸せの概念を持っていたことに少し驚いた。遊べればいいとか、そういういわゆる投げやりだったり、チャランポランな人ばかりが集まるイメージだったのだ。けれど実際、ここに足を運ぶ理由なんて人によるし、何より人は見た目に寄らないのだろう。
シンとした空気に耐えきれず、私は気がついたらローテーションボタンを押していた。
少しして店員のお決まりの「お時間です」があり、今度は私たち女性側が他のテーブルに移動することになった。
「マスクをとって欲しい」「連絡先教えて欲しい」と迫ってくる人がいなかったのが意外だった。多少のリスクは覚悟していたが意外にも平和に過ごすことができているなと考えながら席を移動する。

案内されたテーブルには、さっきの人たちとは打って変わって、40代前半のかなり落ち着いている男性が一人座っていた。
「結婚はしてないんですかー?」
私の友人が持ち前のズケズケとした冗談混じりの質問をする。結婚していてこの場にきていたらまあまあ問題な気がするが…。
「結婚はしてたんだけど、離婚しちゃったんだよね。相手は30歳手前だったし、また他の人に行こうと思ったんじゃないかな…」
彼は5年ほど結婚していたようだ。おそらく妻の方から離婚を言い渡されたのだろう。雰囲気的にまだそんなに時間は経っていなそうと感じた。
店内の大きすぎるBGMが耳にガツンと入ってくる。
ここでもテーブルに寒々しい風が吹いてきたように、なんとなく場が凍りついた気がした。
「あ、ごめんね。こんな話しちゃって」
男性が申し訳なさそうに口角を上げて言った。
「いえいえ!こっちが聞いてしまったことなので、全然!!」
友人は明るく返すが、やっぱり拭いきれない切なさが漂う。
そんな時に、先ほど私が頼んだ無料の寿司がやってきた。
「あの、これ、よかったら食べませんか?ここお寿司まであるなんてすごいですよね〜」
本来、男性に私が頼んだものはシェアしないほうがいいみたいだが、なんとなくそうするしかなかった。
男性は「おお、ありがとう」と一口寿司を食べてくれたので、私はホッとした。まあ、こんなことで彼の傷が癒えるわけもないが。
ふと、スマホをみるともう0時に近づいていたのでキリがいいところで帰ることにした。
入り口に向かう途中、他のテーブルを盗み見ると、さっきの3人組には新しい女性が相席していて、私たちの時とは違ってとても楽しそうにしていてなんだか寂しいような、良かったような気持ちになる。彼らは他人だしこれからも関わることはないが、一度相席した仲間なのだ。
この場所には、愛やら恋やらに敗れたりと純粋に傷ついていたり、次の恋を求めている人ばかりだった。まあ、中にはイメージ通りのチャラついている人もいるだろうけど、少なくとも今日出会った相席仲間はそんなことはなさそうだ。

ああ、切ない、切なすぎる、この場所はなんだか。無料なことも含めて。
都会の哀愁漂う純な相席ラウンジ。もう行くことはないだろうけど、訪れたみんなが幸せになれる場所だといいなと帰り道祈っていた。もちろん私たちも。
そして、私は自分の食べたいものは自分でお金を払って食べると心に誓うのだった。

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ライター紹介

モモコグミカンパニー
ICU(国際基督教大学)卒業

大ヒット曲を連発して各メディアで活躍し、2023年6月29日に解散したBiSHのメンバー。
メンバーの中で最も多くの楽曲の作詞を担当。
独自の世界観で圧倒的な支持を集めた。

"物書き"としての才能は作詞だけではなく、
2022年には『御伽の国のみくる』で小説家デビュー。
これまでエッセイ3冊、小説2冊の執筆を行い、
2024年5月20日には自身初の短編小説集「コーヒーと失恋話」を発売。
BiSH解散後は、執筆活動やメディア出演を中心に文化人として活動。

【X】@GUMi_BiSH
【Instagram】@comp.anythinq_
【blog】https://momoko-gules.vercel.app/
【FanClub】https://company-fc.jp/
久野里花子
イラストレーター・グラフィックデザイナー
1993年生まれ 愛知県出身
デザイン事務所を経て、2020年にフリーランス へ転身
書籍の挿絵やエディトリアルデザインを中心に活動中。

【X】@kuno_noco
【Instagram】nocochan_1213
【Tumblr】https://rikakokuno.tumblr.com
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