「なるべく豪華な晩餐を」
たべるときに思ったあんなこと、こんなこと。
生きていくためには食べなきゃいけない。食べるためには生きなきゃいけない。
でもせっかくならいい気分で食べたいよね。食べながら素敵なことに思いを馳せたいよね。
なるべく豪華な晩餐を。
モモコグミカンパニーが綴る、食事をきっかけにはじまる美味しい感じのエッセイです。
〜 テラス席のひととき 〜
平日の昼下がり、いつものように作業をしようとカフェに入り、店内の空いている席を探した。その最中ふと、ガラス窓越しに店外のテラス席が目に入った。4つほどテーブルが並べられていて、一つは老父婦、もう一つは男女3人組がパソコンを広げながら打ち合わせをしていて、それ以外は空いている。
レジで注文したコーヒーとアップルパイを受け取ると、私は外に出てテラス席の一つに腰を下ろした。10月半ば、未だに残暑を感じる日もあるかと思えば、夜は冬みたいに冷え込んだり、なかなか不安定な気候が続く日々の中で、今日は寒すぎず風が強いわけでもなく、秋晴れみたいな天気だった。まさにテラス席がピッタリだ。ここは屋根がないからもちろん雨が降ったらダメ、寒すぎても、暑すぎても、日差しが強すぎても、風が強過ぎてもダメ。どうせなら、いつでもいける場所より、今しかいれない空間にいたいものだ。
早速、頼んだコーヒーとアップルパイを一口ずつ口にした。熱々のホットコーヒーも温めてもらったアップルパイもテラス席ならちょうどいい。上着は着たままで、たまに弱々しく吹く冷たい風も心地いい。
目の前の横断歩道には、忙しない人々と、たまに救急車のサイレンなんかも聞こえてきた。近くには駅があり、周囲は人通りも多い。しかし、このテラス席の空間だけは見えないバリアが貼られているみたいに、歩行者の誰もがこちらを気にかけることなく足早に去っていく。
数十分ほど作業に集中していると、気がついた頃にはアップルパイは冷たくなってしまっていた。せっかく温めてもらったのに。まあ、野晒しにしてしまっているのだから仕方ないだろう。
弱々しい風でも、ずっと当たっていると身体も冷えてくる。もうそろそろ中に移動してもいいような気もしたが、せっかく意思を持ってテラス席を選んだから簡単に室内に戻るわけもいかないと、謎のプライドが発生してこの店を出るまでは居座ることを決意した。
ぼーっとしていると、目の前の歩道を友人によく似た子が通りすぎた。茶色がかった髪色に、パッツン前髪の切りっぱなしボブ、クリクリとした目に薄化粧、ファッションに少し無頓着そうな動きやすさを重視したゆったりとしたスウェットにジーパン。
しかし、よく見ると違う。普段働いている彼女が、平日の昼下りにここら辺を私服でフラフラ歩いているわけもないのもわかっている。
彼女とは、元々高校が同じで大学から別々になったが、社会人になってから何かのきっかけでまた会うようになったが最近は疎遠になってしまっていた。
彼女は海外で育ってきたため、出会った頃は英語の方が明らかに堪能なのにそれを鼻に掛けずに、少しカタコト混じりでも一生懸命日本語で話す努力をしていた。彼女が日本語を話す努力をしない子だったなら、同じ教室にいても、私とはあまり縁が無かったかもしれない。数年ぶりに会ったら、日本語がかなり上達していて驚いたものだ。
最近、何してるのかな。相変わらず、仕事に忙しいかな。
【今、どこどこに〇〇にめっちゃ似た人がいた!】なんて連絡してみようかなと思ったけれど、似た人が居たって言われるのって、あんまり嬉しくないかもな。と思い直し、【〇〇久しぶり!今日、どこどこに居た?】とメッセージを考え直した。しかし、どれだけ似ていても、その子ではないことははっきりわかっているからなんだか二度手間な気もしてまたメッセージを取り消して、コーヒーを一口飲んだ。
このカフェのコーヒーは、日替わりで「本日のコーヒー」はなにかで金賞?をとった良いやつらしい。注文した途端にそんなこと忘れてしまっていたが、改めて意識して飲んでみると、確かに苦味がいつもより奥深い、気がする。
「本日の苦味」に混じり、彼女と頻繁に会っていた頃の自分の抱えていた悩みの種がブワッと蘇ってきた。その子と私は卒業してからは生きている世界が全然違ったけれど、だからこそ話せることが沢山あったのだ。「現状報告しよ〜」と一時期よく集まったり、時間が合わない時は電話で話したりした。きっと、その子も私にしか話せないことがあったのだろう。
今もまあ、同じようなことでウジウジ悩んでたりするけど、きっとその子がいてくれたから、当時どっぷり悩みにつけ込むこともなかった。
そんなことを考えながら、携帯の画面を見つめたり、スクロールしたりして、現実逃避をした。見上げると、また空が一段階暗くなっていた。
老夫婦も、三人でパソコンを広げている男女もいなくなり、テラス席には私一人になっている。
目の前の歩道にも人通りが少なくなっていた。
あの子に似た人はどこに行ったのだろう?鳴り響いていたサイレンももう聞こえない。
私が過ごしたこのひととき、そこで私が考えていたこと、周りで過ごしていた人々は、風に吹かれるように流れて、また別の景色になっていく。
だけど、こうやって私も含め人は流れるように生きているものなのだろう。
あの人の放った言葉、今抱えている感情、何気ない全てのもの、風に吹かれてこの空に吸い込まれて消えていくような、そんな感じがした。
皿に乗ったアップルパイは結局二口ほど食べただけで、生地を硬くして更に冷え切っていた。後で食べようと思って、うっかり忘れてしまっていた。
席を立ちながら、アップルパイを紙ナプキンで包んで、バックの中に偶然入っていたコンビニのレジ袋の中にしまった。また、家で温めて食べよう。あの子にも久しぶりに連絡してみよう。せっかく思いだせたんだから。