樹の恵本舗 株式会社 中村 樹の恵本舗 株式会社 中村
ONLINE SHOP
MENU CLOSE
sai_header_0424_fix

「なるべく豪華な晩餐を」

たべるときに思ったあんなこと、こんなこと。
生きていくためには食べなきゃいけない。食べるためには生きなきゃいけない。
でもせっかくならいい気分で食べたいよね。食べながら素敵なことに思いを馳せたいよね。
なるべく豪華な晩餐を。
モモコグミカンパニーが綴る、食事をきっかけにはじまる美味しい感じのエッセイです。

ランチセット、横から見るか?正面から見るか?

ある日曜日、昼飯にたまに訪れる階段を下った地下にある駅の近くの洋食屋に入った。
店内は休日の昼時で賑わっていたが、なんとか奥の方の2人用のテーブル席が一つ空いていて、私はそこへ案内された。
席につき、ランチセットのパスタとドリンクを注文して待っている間、私の向かいに通路を挟んで、同じく料理を待っている男女2人組が目に入った。
二人の席は、私と同じ長方形のテーブルを私の向きから90度回されて配置されている状態で、こちらから見ると男女の横顔がよく見える状態だった。
花柄の淡いピンク色のワンピースに身を包んだ女性と、対称的に半ズボンにTシャツのラフな格好の男性。その若い二人は、恋人同士か、それともマッチングアプリで今日会ったばかりの男女だろうか。
男性は、まだ料理の届いていない余白のあるテーブルに肘をつき女性側に大きく身を乗り出している。それに対し、女性は自分の領域から逸脱することなく椅子の背と並行な綺麗な姿勢を崩さず、男性がスニーカーを女性側に投げ出しているのに対しても、女性は行儀良く自分の椅子にその足を仕舞い込んでいる。
二人の会話はよく聞こえないが、お互いに対する熱量の違いからなんとなく関係は浅そうと感じた。
こうやって私の角度から彼らを横から見ると、女性側に身を乗り出しているその男性はなんだか必死で、滑稽な感じがするし、なんとなく報われなさそうな切なさすら漂っている。しかし、彼女が正面から見たその男性の見え方はまた違ったものだろう。テーブルの下に投げ出されている足には気づいていないかもしれないし、「この人、少し顔が近いな」くらいの印象かもしれない。

よく男性心理、女性心理の違いとか、脈あり、脈なし、とかあるけれど、自分が正面から受け取ったもので相手の好意をはかるより、こうやって側面からみた方がお互いがどう思っているかは遥に明瞭なのではないかと思った。
正面から見たら平面の円でも、横から見たら円柱の可能性だってあるように、一つの物事でも角度を変えると全然違って見えることがある。
けれど、こんなふうに自分の身の回りで起きていることを多面的に見ることは簡単なことではない。
私の隣の席には一人でイヤホンをしてスマホで動画を見ながら黙々と食事をしている人がいた。やっぱりみんな自分の目の前ばかりに集中している。

人間の目は馬とは違って正面についているんだから普通に生活していたら、やっぱり自分の正面、目の前にばかり集中してしまうものなのだろう。

そんなことを考えていたら注文していた魚介のペスカトーレパスタが運ばれてきた。一口食べてみる。うん。いつも通り、美味しい。
気がつくと目の前の男女の席にも、料理が運ばれてきていた。
私と、彼らと、隣の席の人。料理の運ばれたタイミングにほとんど大差はない。

男女は正面の相手に向き合いながら、ハンバーグを食べ始めた。
比べると、隣で一人で黙々と食べ進めているほうが、料理を口に運ぶペースが早い。
そういえば、人と食べるご飯ってすぐにお腹いっぱいになる気がする。誰かと向き合って食べると、料理以外のものでも満腹中枢が刺激されるのだろうか。ところで、一人で食べるよりみんなで食べた方が美味しいって言うけどあれ、根拠とかあるのかな。まあ一緒に食べる人にもよるのかもしれないけど。あ、そういえば、実家ではご飯を食べるときにテレビを消すってルールがあったな・・・。

ハッ!
私の焦点は今どこに?

頭の中でぐるぐるとあちこちに向かう思考を跳ね除けて、現実に焦点を戻すと隣の一人客はもういなくなっていて、目の前の二人は、食後のデザートに移行していた。女性は細い身体なのに、デザートは別腹みたいに食べている。そんな女性を男性がうっとりしたように眺めている。
女性はデザートに焦点が定まっていて、男性はデザートよりも女性にばかり焦点が合っている。例え物理的に向き合っていたとしても、焦点を合わせて本当の意味で向き合うって結構難しいことだ。
やっぱり、少なくとも現状の二人は男性側の一方通行の片思いなのだろうか。

かくいう私も、周りのいろんなことにこうやって気を取られて、自分の料理や返さないといけない連絡、読まないといけない本とか、本来焦点を合わせるべきものから目を逸らしてしまっている。横から見たら、手が止まっていて、余所見ばかりしてる人に見えているだろうか。
早くカフェに移動して、作業しないとな。
あせりながら、残りのパスタをかき込んで席を立った。

レジに向かう途中、二人の近くを通ると男性と目が合って慌てて逸らした。 あちゃ、ちょっと観察しすぎたかもな・・・。

Product

ライター紹介

モモコグミカンパニー
ICU(国際基督教大学)卒業

大ヒット曲を連発して各メディアで活躍し、2023年6月29日に解散したBiSHのメンバー。
メンバーの中で最も多くの楽曲の作詞を担当。
独自の世界観で圧倒的な支持を集めた。

"物書き"としての才能は作詞だけではなく、
2022年には『御伽の国のみくる』で小説家デビュー。
これまでエッセイ3冊、小説2冊の執筆を行い、
2024年5月20日には自身初の短編小説集「コーヒーと失恋話」を発売。
BiSH解散後は、執筆活動やメディア出演を中心に文化人として活動。

【Twitter】@GUMi_BiSH
【Instagram】@comp.anythinq_
【blog】https://momoko-gules.vercel.app/
【FanClub】https://company-fc.jp/
久野里花子
イラストレーター・グラフィックデザイナー
1993年生まれ 愛知県出身
デザイン事務所を経て、2020年にフリーランス へ転身
書籍の挿絵やエディトリアルデザインを中心に活動中。

【Twitter】@kuno_noco
【Instagram】nocochan_1213
【Tumblr】https://rikakokuno.tumblr.com
Back