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「なるべく豪華な晩餐を」

たべるときに思ったあんなこと、こんなこと。
生きていくためには食べなきゃいけない。食べるためには生きなきゃいけない。
でもせっかくならいい気分で食べたいよね。食べながら素敵なことに思いを馳せたいよね。
なるべく豪華な晩餐を。
モモコグミカンパニーが綴る、食事をきっかけにはじまる美味しい感じのエッセイです。

一期一会の濃厚つけ麺

この日は、夕方過ぎにいつも立ち寄らない駅で予定が終わったので、せっかくだし何か食べてから帰ろうかと地下鉄と繋がっているレストラン街を物色することにした。仕事終わりのサラリーマンやOLに紛れながら、焼肉屋、韓国料理、パスタ、と色々な店を覗き見る。その中で一際惹かれた店があった。つけ麺屋だ。私は普段、つけ麺はおろかラーメンも一年に一度食べるかくらい縁がない。けれど、なんだか今日はつけ麺以外の夕食は考えられない気がした。店先には券売機があり、店内は主にカウンターとテーブル席が一つある。カウンター席はもう8割ほど埋まっていて全てスーツ姿の男性客だ。テーブルには、おそらく仕事仲間であろう3人のスーツ姿の男性と、女性が一人座っていた。しかし、そのグループはもうほとんど食べ終わっていて、私が席につく頃にはきっと帰ってしまっているだろう。だから、私がこの店に入ったら、仕事終わりのサラリーマンに紛れて紅一点、Tシャツとジーパンのラフな格好でかなり浮いてしまう。入るのには少し勇気がいるが、もうつけ麺の口になっているからこのまま帰るわけにはいかないと券売機の前に立った。

メニューボタンの中から一番シンプルな【濃厚魚介つけ麺】を押し、出てきた紙切れを手にして店内に一歩入った瞬間、威勢のいい男性スタッフにカウンターの端っこの丸椅子に案内された。一席空いて隣にはいかにも「濃厚つけ麺」という文字が似合う、ガタイの良いスーツ姿のチャーシューとかそういうのを沢山トッピングしているタイプだろう。

カウンターの内側は厨房になっていて、立ち上る湯気の中麺を茹でている様子が目に入る。店員に紙切れを渡すと大きい声で私の注文が厨房に響き渡った。

ラーメン屋の店員って海の家のお兄さんみたいな、底抜けに明るい人しかいないな。

そんなことを考えていると、知らない人のホームパーティーに間違えてきてしまった、招かれざる客みたいな心地になる。そもそも、知ってる人のホームパーティーすら苦手分野なのに知らない人のホームパーティなんてどう振る舞ったら良いのかわからない。背後や厨房の店員の目がこちらを厳しく審査している気がする。つけ麺屋に見合う人間にならなければ、、、。

なんだか少し帰りたい気分になってきたけど、注文してしまった以上もうこの席から離れることはできない。

しばらくして頼んだつけ麺が運ばれてきた。想像した通りの太麺と魚介こってりスープ。いざそれらを目の前におかれると、念願のつけ麺食べれる嬉しさよりもこれ、全部食べれるのかと、プレッシャーが押し寄せる。残してしまったら、やっぱりこの娘食べられなかったんだ、慣れないとこに勇気出して入ってきたんだろうな、とか見透かされそうだから、なるべく全部平らげたい。

とりあえず麺を2本掬いあげ、スープにつけ蕎麦と同じ要領で口に運んだ。でも、ラーメンってこんなチマチマした食べ方であっているのだろうか。隣の席の男性客に「あのー、食べ方、これであってますかね?ちょっと、お手本見せてください」なんて聞くことはもちろんできない……。

とりあえず、隣の席を覗き込みながら水を一口飲んだら少し冷静になった。

(あれ、私は今どうしてこんなに追い詰められている?)

元々、今日はつけ麺が食べたい気分になった。ただ、それだけだったのに気づけば肩身の狭い思いをしている。

私は確かに、平日の仕事終わりのこの時間帯のつけ麺屋には、ふさわしい人間ではないかもしれない。だけど、変に無理をする必要もないはずだ。一人〇〇はいつだって、自意識過剰との戦いだが今の私は完全にそれに負けている。

ふと、【一期一会】という有名な四字熟語を思い出した。この店、店員、周りの客、目の前のつけ麺、それらと私はきっとお互いに一期一会の関係だ。たかが一期一会。されど、せっかくの一期一会。どうせならこの店との出会いを良い思い出として自分の中に残したいものだ。郷に入っては郷に従えというが、この場所は私の郷ではないわけだし。

知らない人のホームパーティーの招かれざる客だったとしても、一期一会だからこそ無理なく過ごすべきではないか、そんな気がしてきた。店内を形成する人たちがみんなその人たちらしく振る舞っているように、私も自分らしくいなくては。浮いてたとしても、なんだか変わった人だったな、と思われれば良いのだ。

スープの風味が口の中に広がってくる。うん、美味しい。やっぱり今日はつけ麺で正解だった。
自分なりに残りのつけ麺を堪能し、もう帰ろうかと席から立ち上がると店員と目が合った。
「もう、よろしいですか?」
店員は私の皿の残った麺をみて聞いた。
「はい、ご馳走様でした!美味しかったです!」
私は彼をまっすぐ見てそう言うと、満足げに店を後にした。

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ライター紹介

モモコグミカンパニー
ICU(国際基督教大学)卒業

大ヒット曲を連発して各メディアで活躍し、2023年6月29日に解散したBiSHのメンバー。
メンバーの中で最も多くの楽曲の作詞を担当。
独自の世界観で圧倒的な支持を集めた。

"物書き"としての才能は作詞だけではなく、
2022年には『御伽の国のみくる』で小説家デビュー。
これまでエッセイ3冊、小説2冊の執筆を行い、
2024年5月20日には自身初の短編小説集「コーヒーと失恋話」を発売。
BiSH解散後は、執筆活動やメディア出演を中心に文化人として活動。

【Twitter】@GUMi_BiSH
【Instagram】@comp.anythinq_
【blog】https://momoko-gules.vercel.app/
【FanClub】https://company-fc.jp/
久野里花子
イラストレーター・グラフィックデザイナー
1993年生まれ 愛知県出身
デザイン事務所を経て、2020年にフリーランス へ転身
書籍の挿絵やエディトリアルデザインを中心に活動中。

【Twitter】@kuno_noco
【Instagram】nocochan_1213
【Tumblr】https://rikakokuno.tumblr.com
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