こんな時間にかけてる電話 第9回
23時54分。この世界の何処かから聞こえる、誰かと誰かの真夜中の通話劇。
飲みたい人と、いま起きた人
「もしもし?」
「あ、出た。もしもーし」
「もしもしー。久しぶりー」
「久しぶりー。なんかあった?」
「あのさー、新橋で飲んでたら偶然山本に会ってさー、いま隣にいんだけど」
「ええー、山本!」
「そうそう。それでさー、今から飲まない?」
「あー、そういうことかあ。いやー、行きたいけど、さすがにちょっと、無理かなあ」
「えーやっぱ、だめかあ。奇跡的に近くいたりしないかなーって思ったんだけど」
「それはだいぶ奇跡だねえ」
「でも、山本なんて十年ぶりとかじゃん? こりゃあ三人集まるしかないっしょって」
「あーなるほどね。ごめんよー」
「ちなみに何してた?」
「歯磨き」
「めっちゃ寝るとこじゃん」
「いや逆」
「逆?」
「起きたとこ」
「は? 昼夜逆転? ニートなの?」
「違うから。こっち、もうすぐ朝の10時で」
「は?」
「うん」
「……どこいんの?」
「マンハッタン」
「え?」
「マンハッタン」
「え、マンハッタン? まじなやつ? ギャグ?」
「ギャグじゃないから」
「え、マジで? ニューヨークにいるってこと?」
「うん」
「うっそ、マジで? え、いつから?」
「去年だね」
「えー! 知らね! かっこよ!」
「かっこよくはないね」
「かっこいいだろ! え、SNSとか書いた?」
「書いてない」
「なんで? 書きなよ。かっこいいのに」
「ごめん、かっこいいがわからない」
「それが一番かっこいいよお前」
「ありがと。でもごめん、だから今からは無理だなあ」
「えー、アメリカから日本って、何時間くらいかかるんだっけ?」
「んー、12時間くらい」
「じゃあ、俺たちが12時間飲んでたら来れる?」
「待って、アホなの?」
「いや、飲めるから。待ってられるから。なぁ山本? ……ほら余裕だって」
「いや無理すぎるから。どんだけフットワーク軽く思われてんのよ」
「だってこっち連休前だしさー。えー、マンハッタンかあー」
「うんーごめんよー」
「……ああ、なるほどね?」
「うん? どした?」
「俺たちが行くのはアリ?って、山本が言ってる」
「いや馬鹿なの?」
「……俺たちなら行ける、って言ってる」
「確かにそんなこともあったけどさ」
「な。シンガポールで、現地集合したもんな」
「大学時代だよね? あれも、よく来たよ本当に」
「お前の彼女を見たい、という一心でな」
「山本がパスポート紛失してね」
「あったねえ。探したねえ。え、あの彼女は?」
「もうとっくに別れたよ」
「あ、そうなんや。まあ随分前だもんな」
「うんうん」
「……山本、屈伸してる。行ける、ってまた言ってる」
「怖いよ。走ってくるの?」
「そうみたい。てか、ニューヨークってほんとすごいね。転勤?」
「あ、まあうん。そうそう」
「え何してんだっけ?」
「あー、商社?」
「え! そうなんや。あー、だから世界中かあ、かっけえなあ」
「まあでも、そんな、うん。たいしたことないよ」
「たいしたことあるだろ。かっこよ。言ってみたいよ。ニューヨークに転勤とか」
「まあ、そうっちゃそうか」
「てか、それって出世コースじゃないの? へたすりゃ僻地に飛ばされる可能性もあるわけでしょ?」
「どうなんだろう。わかんない。まあ、目の前のこと、やっていくしかないけどね」
「いやほんとすごいな。達観してんな」
「そんなんじゃないって」
「……ジョン・F・ケネディ空港が最寄り?って、山本が聞いてる」
「来る気満々じゃん。すごいな」
「てか、こんなゆっくり話してて大丈夫なの?」
「ん?」
「いや、そっち、平日の朝っしょ? 仕事だいじょぶ?」
「ああ、まあ、うん」
「あ、リモートとかなん? いやそしたら転勤の意味ねえか」
「あー、ていうか、俺じゃないから」
「え?」
「うん、俺じゃないのよ」
「ごめん、何が?」
「あー、商社?」
「え?」
「いや、彼女が、商社で。俺は、家だから」
「え、どゆこと?」
「まあ、主夫っていうか」
「……お前、まーじか」
「いや、ごめん。まるで自分が働いてるみたく言っちゃった」
「うん。一分前に商社を『たいしたことないよ』とか言ってたぞ」
「ごめん調子乗ったわ。反省してる」
「うんうん。したほうがいい。てか、すげーな。え、主夫?」
「うん、まあ、主夫」
「……またヒモか、って山本が言ってる」
「失礼だって」
「いや、でも、たしかシンガポールも、当時の彼女の金じゃなかった?」
「ああー、確かに」
「え、なに? そういう人? 女の金で海外に行きたい男?」
「いや、最悪な響きじゃんそれ」
「でも実際そうじゃね? 恋人が働いてて、海外にいるよね?」
「まあ、前もそうだけどね。たまたまだよ」
「いや、たまたまでお前、2回もそんなことある?」
「んんー、でも、俺、あんまり働くのが得意じゃなくてさ」
「おん」
「おんってなに。でも、海外に住みたいとは思ってて」
「ああ?」
「うん?」
「働きたくねえのに、海外には住みたいって思って、それで恋人に、金出させてるの?」
「いや、まとめると、そうなっちゃうけど。でもほんと、たまたまね。需要と供給が一致しただけだから。家にいてくれる人が欲しいみたいな」
「そんな都合のいい人生ある? なんで俺は、山本と新橋で酒飲んでるのに、お前は女の金でマンハッタンで暮らしてるんだよ」
「俺に言われてもわかんないけど、それでいいよって言われたから、ついて行ってるだけでさ」
「……ヒモの才能がありすぎる、ってさ」
「山本さっきからひどくない?」
「いや、でも、ヒモでニューヨークに行けてるのはもう、さらにかっけえわ。才能だわ」
「いや、ヒモじゃなくて、主夫だってば」
「ああ、まあそこはな、確かに、言い方よくないわな」
「うん。料理とか掃除もたまにするし」
「待って、お前今『たまに』って言った?」
「え、うん。料理も掃除も、あんまり得意じゃないのに頑張ってるから」
「……ふざけんな。って山本言ってるぞ?」
「なんで山本キレてんのよ」
「そりゃあキレるだろうよ。お前、なんでそんなクズヒモ男子やってんのよ」
「いやあ、でも、生きるの得意じゃないからー」
「こっわ。今まで全部それで乗り越えてきた人の言い方」
「……あ、待って、誰か来た」
「お、じゃあ一旦切ろうか?」
「いや、多分、ウーバーイーツだから大丈夫」
「おめえヒモなんだから自分で買いに行けよ! 世界で一番時間暇持て余してんだろうがよ!」
「そんな叫ばないでよ。じゃあ、ちょっと待ってて」
「いや、やっぱ切るわ。うん。またそのヒモ生活が終わった頃にでも連絡くれや」
「あ、うん、わかったー」
「……なんなんだよほんと、って山本言ってるぞお前」
次の誰かの23時54分へ続く



