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1話イラストB

こんな時間にかけてる電話 第7回

23時54分。この世界の何処かから聞こえる、誰かと誰かの真夜中の通話劇。

101号室の住人と301号室の住人

「あ、もしもし」
「あっ、あっ、どうも」
「えっと……小見、さん?」
「はい。小見です。えっと、大津川さん」
「あ、はい。すごい、覚えてた」
「ふふ。覚えてました」
「先ほどは、ありがとうございました」
「いえいえ! こちらこそ、すみません。でも、本当にすごいですよね。今、その、真下にいるんですもんね?」
「ああ、まあ、はい」
「ふふ。おもしろいです。ちょっと奇跡っていうか、運命っていうか」
「いやいや、そんな」
「でも、本当に。そんなことあるんだーってなっちゃいましたもん。まさかこんな、グループ面接後に、同じ方角どころか、同じマンションの1階と3階なんて」
「ね、ちょっとびっくりっていうか。一度解散したのに、っていうのがすごいですよね」
「ね。最寄りのスーパーで再会っていうのもなんか、恥ずかしいですよね」
「そう。すごい恥ずかしかった。発泡酒買ってるとことか、すごい恥ずかしい」
「え、なんで! こっちなんてトイレットペーパーですよ!? 恥ずかしい」
「いや、でもそれは必需品だし」
「でも、コイツ、薬局で買わないのかよとか思われただろうなーみたいな」
「まあ、安さで言えば確かにですけど、でも僕もよくスーパーで買うので」
「そっかそっか」
「うん……でも本当、驚きました」
「うん。なんか、ドラマとかにありそーって思いました」
「ああ、坂元脚本とかでね」
「そうそう! そんな感じ。ふふ。でも、ノリで番号聞いちゃいましたけど、冷静に考えたら逆ナンみたくなっちゃったから、迷惑だったんじゃないかって今、猛烈に反省してました」
「いえいえ! そんな。嬉しかったというか。はい、迷惑とか、ないです」
「ふふ、よかったです」
「……3階の景色って、どうなんですか?」
「え? ああ、どうだろう。でも、結局ベランダ側はビルだから」
「ああ、そうか。あんま、変わんないんすかね」
「うん。そう思います。でも1階、いいですよね」
「え、なんで、良くなくないですか?」
「だって、下の階への迷惑とか、考えなくて済むでしょう? セキュリティ的な心配しなくていいなら、私も絶対に1階選びましたもん」
「いやー、そんな。……でもまあ、確かに1階は男ばっかりですね、ここ」
「やっぱりそうなんだー。えーでもいいなあ。私、下の階の人に恨まれてるんですよね、多分」
「え、下の階っていうのは」
「2階です2階。2階の人、私のこと嫌ってると思います」
「え、なんでですか?」
「え、なんか、大して騒いでなかったのに、ドンドンうるさい! みたいな苦情を管理人さん経由でもらったことがあって。それも2回か3回くらい」
「ああー。でも、それは、どうして2階の人からの苦情だってわかったんです?」
「え? ドンドンってことは、明らかに足音とかじゃないですか。私、壁とか叩いたり騒いだりしてないですし」
「あーなるほど。え、ああー……、なるほど?」
「え、何がです?」
「え?」
「いや、何が、なるほどなんですか?」
「あ、いや。僕、なるほどって言ってました?」
「いや、めっちゃ言ってましたよ」
「あ、そうですか?」
「うん。言った言った。え、もしかして、音、1階にも響いてました?」
「いや! 僕のところまでは、全然で。でもなんか、はい」
「でも?」
「いや、そんな全然」
「え、気になるじゃないですか。なんか私、マンションで噂されてます?」
「いやいや、そんな、噂ってほどじゃないです、大丈夫です」
「えじゃあなんですか?」
「いや、ないですない。ていうか、うん。あの、噂とかじゃないんで安心してほしいんですけど」
「はい」
「違ったらごめんなさい。……家で、電子ドラムやってました?」
「え! あ、え!? なんでわかるんですか? 1階まで聞こえてたんですか?」
「いや、聞こえてないです。ただ、面接で、軽音楽だったって言ってたし」
「あー! 確かに! だからか!」
「ね。もう明らかにリズムがバスドラムのそれだったんで」
「え?」
「え?」
「……なんで、リズムがバスドラって知ってるんですか?」
「え……?」
「いや、さっき、1階までは聞こえてこなかったって」
「ああ、それはその、なんか」
「え、やっぱ1 階まで音届いてるんじゃないですか! すみません本当に!」
「いやいやいや! 違うんです。本当に。本当に届いてないです。大丈夫です」
「え、じゃあなんでドラムのリズムってわかったんですか?」
「あー、それは」
「え、なんですか怖い。教えてくださいよ」
「いや、そうですよね。はい。あの、ですね」
「はい」
「……2階に、よく遊びに行ってまして」
「え?」
「その、小見さんが、301で、僕が、101じゃないですか」
「はい」
「それで、201にですね、その」
「はい」
「知人、と言いますか、その、付き合ってる人が、いまして」
「え!?」
「いや、あの、はい。あ、ちょっとびっくりだと思うんですけ」
「え!? 待って!? え!?? はい!?」
「いや、そうなりますよね、はい」
「なるでしょ。え? 本当に? 201が、私の下が、彼女さんなんですか? え?」
「すみません」
「えええ? じゃあ、同じマンションに恋人がいるのに、同じマンションの私と連絡先交換したんですか?」
「いや、そうなりますよね、これ」
「え、こわ! え、てか今これ、101から301までぜんぶ、あなたの知り合いってこと!?」
「あ、実は401も……」
「え!??」
「元カノが、401でして……」
「え!?」
「いや、すみません怖いですよね」
「え何!? マンションの縦で女揃えて、ぷよぷよみたいにしようとしてる!?」
「いや、そんなんじゃないんですけど。なんか、ちょっと」
「ちょっとって何!? え、どうやったらそんなのできるんですか?!」
「いや、本当に、今日みたいな感じで。みんな、何もないのに、偶然、こう」
「ちょー怖いんだけど!え、もしかして、301が私ってなったとき、“繋がった”みたく思ってました?」
「ちょっと思いました」
「思ったのかよ! なんなんですか本当に! こわ!」
「いや、でも連絡先聞いてきたのも、小見さんからじゃないですか」
「だってこっちはそんな“マンションの縦列で女をぷよぷよにしてる男”だとか思わないから!」
「そんな変態みたいな言い方しなくても」
「てか、401の元カノと別れた時点で、201と付き合おうとか普通思わなくないですか?」
「それは本当にそう」
「しかもその上で、さらに301の私と連絡先交換したんですよね!?」
「すみません、そこはむっちゃキモいです」
「ですよね!? いや、あっぶな。てか、アウトだわ。アウトだし、こんなのに運命とか奇跡って思っちゃった私が本当に恥ずかしい」
「いや、本当、そこは、最初に言うべきでした。すみません」
「新手の詐欺みたいですよ本当に。さっさと引っ越したほうがいいですよ」
「でも、条件とか、居心地いいんですよね、この物件」
「そこはすごくわかるー。わかるのも嫌だー」
「ですよね。はい、すみません。あの、もう、連絡しませんので」
「はい。ぜひそうしてください。見かけても無視するので、そちらもお願いします」
「はい。本当に、すみませんでした」

次の誰かの23時54分へ続く

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ライター紹介

カツセマサヒコ
ライター/小説家

1986年東京生まれ。2014年よりライターとして活動を開始。2020年『明け方の若者たち』(幻冬舎)で小説家デビュー。同作は累計14万部を超える話題作となり、翌年に映画化。2作目の『夜行秘密』(双葉社)も、ロックバンド indigo la Endとのコラボレーション小説として大きな反響を呼んだ。他の活動に、雑誌連載やラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM 毎週木曜28:00~)のパーソナリティなどがある。

【Instagram】:katsuse_m
【X】:@katsuse_m
こいけぐらんじ
画家、イラストレーター、音楽家
愛知県立芸術大学油画専攻卒業。2010年頃から漫画の制作を始め、「うんこドリル」シリーズ(文響社)のイラストや、OGRE YOU ASSHOLEのアニメーションによるCM制作など、活動の場を広げている。また、バンド「シラオカ」ではVo./Gt.を担当。

【X】@ofurono_sen
【Instagram】guran_g
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