
こんな時間にかけてる電話 第4回
23時54分。この世界の何処かから聞こえる、誰かと誰かの真夜中の通話劇。
試験勉強を諦めた人と、まだ頑張りたい人
「もしもし」
「お! 出たー、出ましたねえ」
「おう」
「うんうん、出たの偉い。偉いわ」
「なに、どしたの」
「いや、あのさ、明日、何してる?」
「勉強」
「あーーそだよね、フツーはそう。フツーはそうだわ」
「まあ、この時期はそうでしょ。え、なんかあんの?」
「いや、フツーはそうなんだけどね? でも、明日って、土曜じゃん」
「そだね」
「土曜はさ……遊びたくね?」
「ふふ」
「どうよ?」
「ダメでしょ」
「ダメ? ダメかなこれ。ダメかな」
「うん。ダメっていうか、え、なに? もう勉強終わってんの?」
「いやいや、まさか。やってない」
「え? なんつった?」
「やってない」
「勉強?」
「うん。やってない。やろうとしてない」
「え? なんで?」
「いや、いいかなって。諦めよっかなって」
「諦めんの早。えまじで何してんの」
「いや、もういいかなって」
「ダメでしょ。早いでしょ。てか前も成績やべーって言ってなかった?」
「言った」
「なおさら今回やらなきゃじゃん。ダメじゃん」
「えーすごい正論言うじゃん」
「言うだろそりゃ」
「そうやって、正論ならいくら言ってもいいとか思って、相手を傷つけるタイプだ?」
「やめろその言い方。そういう理屈で悪者にするな俺を」
「えー遊ぼうよー」
「無理だってそんなの。巻き込まないでよこっちを」
「だってさ、考えてみ?」
「何を」
「試験って、そんな大事?」
「大事だろ、高校生には大事だろ」
「なんで? 人生と、試験。天秤にかけてみ?」
「かけねえよ。同じだよ高校生なんだから。試験が人生に直結だよ。留年したら人生遅れんだぞ」
「あ、留年を悪いことみたいに」
「悪いだろ。金払ってる親の気持ち考えたら少しは悪いよ」
「はい、それは留年生を差別してます」
「そういう言い方やめろってまじで」
「そんなプリプリと怒るなよ〜エビじゃないんだから〜」
「うるさいよさっきから」
「ごめんて。でもダメなの?」
「ダーメだって。まじで勉強した方がいいって。せっかく土日あるんじゃん」
「はー! つまんな。限られた土日なのに。残された命なのに」
「でけーんだよ話が。余命限られた人だけが言えよ」
「みんな余命限られてるっていえば限られてるだろ!」
「何にキレてんだよ」
「いいだろ別に。いまは? 何してんの?」
「世界史」
「世界史ねー。グレゴリウス7世ねー」
「あ、範囲はわかってんだ?」
「授業聞いてておもろかったから。ハインリヒ4世、カノッサの屈辱ね」
「そうー。雪の中で三日間許しを請うたとか、今やったら無茶苦茶バズりそうだよなー」
「そういう捉え方する? SNS見すぎだろ」
「でも、思わん? 雪の中で三日かー、みたいな」
「それなら宮本も彼女の家に謝りに行ってたじゃん」
「あいつとは規模が違いすぎだろ。皇帝と一緒にすんなよ」
「てか、そもそも歴史に残るほどのことだから、死ぬほどバズってなきゃ記録されねえよ」
「あ、じゃあ世界史って、世界のおもしろバズまとめかもな?」
「急におもしろそうなことになっちゃったじゃん」
「ほら、おもろいなら勉強すればいいよ」
「しないよ、しない」
「なんでだよ! そこまで興味持ったならやりゃいいだろ!」
「やりませんー。やらない。遊ぼ?」
「遊ばないって。勉強させてお願いだから」
「いやです。電話は切りません」
「なんでだよー邪魔すんなよいいからー」
「このまま雪の中で三日間、電話し続けます」
「どこの歴史にも残らないってそれは。てかどこにいんだよ」
「記録に残らなくても、あなたの記憶に残るならいいんです。自宅です」
「そんな記憶の残し方やめろって」
「なんだよーつまんねーの」
「終わったら遊べんだから、それでいいじゃん。あと二日だよ?」
「土日入れたら四日じゃん」
「だから土日で勉強しろって言ってんの」
「嫌だよ四日も。なげー。早く終われー」
「なんで部外者みたいなんだよ。同じクラスだろうが」
「だってさーもう意味ないもん試験とかー」
「いや留年するってまじで。どうすんのそしたら」
「えーやめちゃう」
「えやめちゃうって、高校?」
「うん」
「いや、ダメっしょ。親とか許さないでしょそんなの」
「イイって」
「いいの!? え親、いいって言ったの!?」
「うん。まあどうにかなるだろって」
「いやまじ? 親、理解ありすぎるだろ」
「まあねー」
「まあねーって。え、実際やめてどうすんのよ。そっから」
「えー、音楽」
「はあ?」
「うん」
「うん」
「あ、軽率だなーって思ったっしょ」
「まあそうね」
「そだよね、フツーはそう。フツーはそうだわ」
「まあな。険しすぎっからな」
「はいはい。いま、ビルボードチャート見れる?」
「え?」
「あ、リンク送るわ」
「うん」
「送った」
「来た。何これ」
「ヒットチャート」
「うん」
「一位見て」
「うん」
「知ってる?」
「え、アーティスト?」
「うん」
「曲は知ってるけど、顔は知らない」
「だよね」
「うん」
「俺だね」
「え?」
「俺。これ」
「はい?」
「だから、ビルボード、一位取ったの俺。2週連続」
「はい?」
「だから、俺、音楽やってて」
「言ってたね。言ってた。知ってる」
「それ、これ」
「…嘘だよ。それはないって」
「いや、そうだよね、フツーはそう。信じられない」
「うん、無理。さすがに嘘」
「そう。そうなっちゃうから、遊ぼって」
「待って、そういうこと? え、お前、むっちゃバズったってこと?」
「そう。歴史に残る可能性がわずかにあるかもしれないくらいバズってるってこと」
「待って。まじ? 明日あそぼ?」
「そうだよね、もう試験どころじゃないよね」
「さすがにそうなるわ。今日頑張るから、え、明日? 明日でいいね?」
「うんうん。おけ。昼前くらいで」
「おけおけ。え、ちょっとさ、マジで言ってるよね?」
「うん、まじまじ。今日ランキング発表されて。事務所いくつか声かけられてて。まあそこらへんも、明日話すわ」
「おけ。えー、すご。やば。え、勉強できない」
「できないだろ!? 気持ちがわかってくれてよかったわ」
「うん、すごいわ。すごい。これは無理。え、まだみんなに言わない方がいい?」
「うん、一応。SNSも禁止ね」
「おけおけ。そうする」
「じゃあ、えっと、明日また」
「ん! おやすみー! いやまじですげー!」
次の誰かの23時54分へ続く
