樹の恵本舗 株式会社 中村 樹の恵本舗 株式会社 中村
ONLINE SHOP
MENU CLOSE
1話イラストB

こんな時間にかけてる電話

23時54分。この世界の何処かから聞こえる、誰かと誰かの真夜中の通話劇。

酔っ払った部下と、素面の上司

「もしもし」
「あ、もしもしー。池田さんですかァ?」
「ああ、うん」
「こんばんわあ」
「あ、はい、こんばんは」
「いま、何してましたあ?」
「え、もう自宅にいるけど。あの、柏木さんだよね……?」
「そうですよー、あなたの部下の、柏木ですよー」
「ああ、うん。え、なんかあった?」
「えー、池田さん、いま、家なんですかあ?」
「あ、うん、こんな時間だし」
「そうですかあ」
「え、なに、どうしたの? 仕事のこと?」
「いやあ、わたしー、飲みの帰りなんですけどー」
「うん。だいぶ酔ってる?」
「え〜、酔ってないですよォ」
「いや、酔ってるでしょ、その声は」
「ええー? じゃあ、酔ってます、ンフ」
「ンフッて。え、大丈夫?」
「大丈夫ですよお、こんくらい、へっちゃらです。へっちゃらぽいです!」
「ああ、ならいいんだけど。え、どこにいるの?」
「麻布ですー。合コンの、帰りです! はい!」
「ああ、すごい元気だね」
「元気に、聞こえますか? この声が!」
「うん、すごい元気に聞こえるけど」
「それがもう、全然ですよ、全然!」
「ええ? 何があったの?」
「あ、聞いちゃいます? 聞いちゃいますかそれ〜」
「めんどくさ……。大丈夫?」
「あ、今、めんどくさって言った!」
「いや、ごめん。そんな酔ってるとは思わなくて」
「ああ、そりゃあ確かに、池田さんに電話したことなんて、アタシ、なかったですもんねえ〜」
「うん。何かと思ったら、酔ってるから」
「でへへへ、なんだか、すみません、うちの子が。って、本人か、コラ! ってね、でへへへ」
「いや、本当に酔いすぎじゃない? 大丈夫? 帰れるの?」
「あ、また子ども扱いして。帰れますよ〜。最悪、タクシーです!」
「まあ、金曜だから別にいいんだけどさあ……元気だなあ……」
「えー? 池田さんは、元気じゃないんですかあ?」
「いや、まぁ、元気だけど、そんな遅くまで飲んだり合コンしたりとか、しないから」
「そうかあ〜、年取るとそうなっちゃうんですかね〜」
「うん、まあ、なんか、別にそれがいいとか悪いとかじゃないけどね」
「ふーん」
「それで、なんか用があるの?」
「えー? 別にー、ただ、声が聞きたいなーってだけですよ〜」
「はい? 何それ」
「ンフフ」
「え、職場で話すんじゃダメなの?」
「えー、それだと、仕事の話になっちゃうじゃないですかぁ」
「いや、仕事の話をすべきでしょうよ。職場の同僚なんだから」
「えー池田さん、ずっとそんな堅いこと言って、仕事してきたんですかあ?」
「いや、堅いって言っても、これが普通っていうかさ。部下のプライベートに関わりたくないんだよ、あんまり」
「えー、セクハラとかパワハラとかに、なっちゃうからですかあ?」
「まあ、ざっくり言えばね。そういう可能性もあるって話ね」
「そんなの気にしなくていいですよー、アタシは、池田さんなら、気にしませんからあ」
「いや、そういう問題じゃなくて。柏木さん、本当に酔いすぎだからね」
「えーでも、良くないですかぁ?」
「何が?」
「こうやって部下がー、酔っ払った勢いで電話かけてくるとかー、あんまりないじゃないですかあ」
「そこはわかってんだ?」
「そうですよー。でもー、そうやって電話かけたくなるような空気っていうかー、なんてゆうかー、魅力? みたいなものが、池田さんにあるって証拠ですからあー」
「いや、ありがたいけれどね。でも、もうちょっと、順序があると思うんだよね」
「えー順序って、なんですかぁ?」
「うん。柏木さんさ、配属されてまだ三日目だよね?」
「えー、そうですけどぉ」
「うん、ちょっとこう、新入社員としてはさ、本当にギリギリのことしちゃってると思うのよ」
「えーなんでですかあ?」
「いや、酔った勢いで上司に用もなく電話とか、普通しないから」
「でもー、連絡先、教えてくれたじゃないですかあ」
「それ、うちの部のグループLINEだよね? 社用携帯だしね、これ」
「そっかあ。えー、ダメなんだあ」
「うん、私だったから良かったけど、ちょっと本当に、気をつけたほうがいいよ」
「えー、迷惑でしたかあ?」
「いや、迷惑っていうか、うん、上司と部下だしさ」
「でもー、池田さんはー、めっちゃ可愛いじゃないですかー」
「それ上司に言うことじゃないよ?」
「えーぜったい可愛いですもん。綺麗ですしオシャレだし。この部署でよかったーって、アタシ思ったんですよぉ」
「大学のサークルみたいに言うじゃん」
「え、てか、てかー、池田さんって、彼氏さんとかいないんですかあ?」
「え、いないけど」
「えーほんとうですかあ? 取っ替え引っ替えってやつですかあ?」
「そんな言い方上司にするもんじゃないよほんとに」
「えー教えてくれてもいいのにぃ」
「いないよ、いないいない」
「えーほんとうにぃ? 池田さんって、いくつでしたっけぇ?」
「33だね」
「えー見えないマジで若い! じゃあ今度〜、合コン一緒にいきましょうよお」
「配属三日目の新人と、その上司で? バカすぎるでしょ」
「あ、バカって言った」
「いやごめんだけど。行かないし、てか、ごめん、用事がないなら、切るからね。いい?」
「えーもうちょっと話しましょうよお」
「いや、普通にダメなんだって。ね? 明日、シラフになってから後悔するのは柏木さんなんだから。通話時間とか見て、こんなに喋ってたのかよ〜とかなっちゃうの、絶対に貴方なんだから」
「えー、そんな、後悔とか、しないですアタシぃ」
「少しはしてほしいくらいだよ。ごめん、もう寝るから。あの、絶対にタクシー拾って、ちゃんと家に帰ってね。危ないところ行かないようにね」
「はぁい。じゃあー、家に着いたらー、連絡しますねー」
「しなくていいから!さっさと寝て!」
「えーつまんないの」
「もういいから。ほんと気をつけてね! でも褒めてくれてありがと! おやすみなさい」

次の誰かの23時54分へ続く

Product

ライター紹介

カツセマサヒコ
1986年東京生まれ。2014年よりライターとして活動を開始。2020年『明け方の若者たち』(幻冬舎)で小説家デビュー。同作は累計14万部を超える話題作となり、翌年に映画化。2作目の『夜行秘密』(双葉社)も、ロックバンド indigo la Endとのコラボレーション小説として大きな反響を呼んだ。他の活動に、雑誌連載やラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM 毎週木曜28:00~)のパーソナリティなどがある。

【Instagram】:katsuse_m
【X】:@katsuse_m
こいけぐらんじ
画家、イラストレーター、音楽家
愛知県立芸術大学油画専攻卒業。2010年頃から漫画の制作を始め、「うんこドリル」シリーズ(文響社)のイラストや、OGRE YOU ASSHOLEのアニメーションによるCM制作など、活動の場を広げている。また、バンド「シラオカ」ではVo./Gt.を担当。

【X】@ofurono_sen
【Instagram】guran_g
Back