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1話イラストB

こんな時間にかけてる電話

23時54分。この世界の何処かから聞こえる、誰かと誰かの真夜中の通話劇。

上京した若者と、実家の母親

「もしもし」
「あ! やっと出たー。もしもしー?」
「ん、どしたの」
「どしたのじゃないでしょう? 何度も電話したんだから」
「ああごめん、バイトしてた」
「だったら終わってすぐかけなさい、待ってたんだから」
「いや、さっき終わったとこだし、もう寝てると思った」
「起きてます」
「急ぎならLINE入れといてって言ってるじゃん」
「文字打ってる暇あったら直接聞いたほうが早いのよ。ね。あなたあれ、どうしたのよあれ」
「なに」
「あれよ、えっと、卒業アルバム」
「卒アル?」
「そう」
「いつの? 高校?」
「高校なんて見てもしょうがないわよ。小学校」
「別にいいでしょ高校でも。どっちもウチにあるよ」
「えー! 持っていっちゃったの!?」
「うん」
「嘘嘘嘘。ああいうのは実家に置くから帰るたびに『懐かしいね~』なんて言えるんでしょう? 一人暮らしでそんなに見返したりするの? おかしいじゃないそんなの」
「いやいや、好きにさせてよ、そんくらい」
「え~、一日中探したのに。やっぱりそっちだったなんてもうー」
「いや、まずは俺が持ってるかもって思うでしょ、普通」
「だってあんた、そんなに小学校好きじゃなかったじゃない。友達いなかったでしょ?」
「いたし! 失礼な」
「んもー、なんでよー」
「なんで怒ってんの。絶対に今、必要なわけ?」
「うんー。えー、どうしようかしら」
「何に使うの?」
「んー…、別に。ちょっと見たいだけよ。あんたの小さい頃の写真とか」
「嘘すぎるって、そんなわけないでしょ」
「嘘じゃないから。懐かしいな〜って。ちょっと見たいの。親にはそういう時があるのよ」
「そんな必死にならないでしょ。何かあるって」
「いいからもう。とりあえず、そっちにあるんでしょ?」
「え、ああ、うん」
「じゃあそれ、こっちに送るか、持って来てくれない?」
「え、いつ?」
「明日とか」
「すごい急ぎじゃん。絶対にちょっと見たいどころじゃないってそれ」
「いいから。いける?」
「パシリじゃないんだからさ。明日も朝からバイトだから、夜遅くになるよ」
「ええ? あんたまたバイトばっかりしてない?」
「うるさいな、こんな夜中に説教しないでよ」
「学生の本業は勉強だーって、お父さんまた怒るわよ。なんのバイトしてんの」
「前と一緒で、コンビニとバーだけど」
「またそんな働いて」
「仕方ないじゃん、仕送りないんだし」
「何よその、こっちのせいみたいな言い方」
「ごめんそういうつもりじゃないけど……」
「明日は休めないの?」
「いやー、急には無理」
「そっかー」
「ねえ、ほんと何に使うの? そんな急ぎなことってなくない?」
「あ!」
「え、なに?」
「あんた、そのバーさ、シュンキくんと一緒?」
「シュンキ……? ああ、ツカモトシュンキ?」 
「そう! 前に一緒って言ってなかった!?」
「ああ、そうね。もうアイツ、やめたけどね」
「嘘〜! あんた、その時の写真とかないの!?」
「んー、多分ない」
「なんでよー! 一枚くらい撮るでしょう!?」
「撮ってないよ仕事してんだから」
「あーもう、ほんと肝心なところで」
「肝心なところって……え?」
「なによ」
「ねえ、もしかしてさ」
「うん」
「母さん、俺の卒アルから、シュンキの写真撮ろうとしてない?」
「え?」
「いや、シュンキ、この前、週刊誌に出てたっしょ。熱愛報道みたいなやつ」
「……」
「それで、卒アルの写真を、テレビとか週刊誌に売りたいとか、そういうんじゃないの?」
「……」
「え当たりじゃん」
「……違うから」
「いや、急に黙ったし、当たりじゃん」
「違うから。そんなんじゃないから」
「えじゃあ何」
「え? ちょっと、見たいなーって」
「いやそれは無理だって。ねえ普通に最悪なんだけど。ああいう卒アル写真とか文集、俺の親から漏れてんのかよ」
「あんた、そんな、人を泥棒みたいな言い方して」
「いや泥棒と変わらないから。てかもっと酷いし。最悪すぎる。えー、いくらもらえるんだよそれ」
「いや、お金じゃないから」
「じゃあ何でそんなことするわけ?」
「それは、人助けで」
「人助けー?」
「困ってる人がいるし、たくさんの人が、喜ぶでしょ?」
「はあ? まじでやばいんだけど。誰が困ってんの」
「記者さんとか」
「困ってないから! まじで勘違いだから! え、母さんそれは本当にやめた方がいいよ」
「……」
「え、いくらなの、実際」
「何が」
「その、写真売ったときのお金」
「……5万とか」
「リアルすぎるじゃん。こわ。え、てか、なんで知ってんの?」
「え?」
「金額とか。もうそこまで細かい話もしてるわけ?」
「違うから。そんな。大体で言ってるだけ」
「え、もしかしてさ、母さん、過去にもやってる? 前の、姉ちゃんの中学の友達が捕まった時の卒アルも、それだったりする?」
「……」
「ねえまじで? そんな小遣い稼ぎの方法に味をしめる親、いる?」
「いや、お金が目的じゃないのよ」
「売ったことは否定しないんかい。まじかよ。最悪だよ」
「違うから。ね。それはたまたまであって、お母さんも」
「いや、もういいから。とりあえず、シュンキのは絶対に渡さないし、他の同級生の親とかにも、母さんから連絡すんの、まじで絶対にやめて。いい?」
「ええ〜、ねえ、そんなこと言わないで」
「無理だって。もう終わりね。おれ寝るから。まじで腹立つからやめてね。おやすみ」
「いや、ちょっと、ねえ、ねえ!」
「……なに」
「友達にもね、そのお金で、ご馳走するって言っちゃったの」
「最悪の二乗だよ!」
「あ、ちょっと! ねえ! 切らないで! 切ら」

次の誰かの23時54分へ続く

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ライター紹介

カツセマサヒコ
1986年東京生まれ。2014年よりライターとして活動を開始。2020年『明け方の若者たち』(幻冬舎)で小説家デビュー。同作は累計14万部を超える話題作となり、翌年に映画化。2作目の『夜行秘密』(双葉社)も、ロックバンド indigo la Endとのコラボレーション小説として大きな反響を呼んだ。他の活動に、雑誌連載やラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM 毎週木曜28:00~)のパーソナリティなどがある。

【Instagram】:katsuse_m
【X】:@katsuse_m
こいけぐらんじ
画家、イラストレーター、音楽家
愛知県立芸術大学油画専攻卒業。2010年頃から漫画の制作を始め、「うんこドリル」シリーズ(文響社)のイラストや、OGRE YOU ASSHOLEのアニメーションによるCM制作など、活動の場を広げている。また、バンド「シラオカ」ではVo./Gt.を担当。

【X】@ofurono_sen
【Instagram】guran_g
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