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1話イラストB

こんな時間にかけてる電話

23時54分。この世界の何処かから聞こえる、誰かと誰かの真夜中の通話劇。

毎日電話したい彼と、そうでもない彼女

「やっほー」
「うんー、どしたのー?」
「え、なんもー」
「なんも?」
「電話したかっただけー」
「あ、そうなんだ?」
「うんー。声、聞きたくなった」
「えー、へへ。昨日も話したじゃん」
「えーでも、毎日聞きたいし」
「あー、ははは、愛だなあ」
「え聞きたくない? なるんだけど」
「いや、まー、うん」
「え、ならないの?」
「いや、なるけど、昨日、けっこう話したよ?」
「うん。でも、昨日でしょ?」
「うん」
「今日は、まだじゃん」
「えー、はは。そうかー」
「そだよぉ」
「そっかあ」
「……え、あ、ごめん、なんかやることあった?」
「いや? 別に」
「そっか。なんかあったら、全然言って? おれ、静かにしとくから」
「あ、うん。……え? 電話はしとく、ってこと?」
「うんうん。繋ぎっぱなしでいいし」
「あ、そゆこと? いや、でも、電話代とかさ」
「いや、気にしないでいいよ。こっちが好きでかけてんだし」
「えー、でも」
「だいじょぶだいじょぶ。携帯代、俺が払ってないし」
「え、そうなの?」
「うんうん。親なの、うち」
「え、毎月?」
「うんうん。親の口座にくっついてるみたいで、金額とか一度も見たことない」
「本当に? ……すごいね」
「うんうん。だから大丈夫」
「それ、怒られたりしないの? こんなに電話かけてーって」
「いや? 一度もない」
「すごい。お金もちだね」
「いやそんなんじゃないから」
「いや、お金もちだよ、それは」
「えーそうなのかな、ははは。……え、それで? 今、何してたの?」
「ああ、お風呂上がって、どうしようかなーって」
「あ、そうなんだ。へー」
「うんうん」
「……え、どんなパジャマ着んの?」
「え?」
「いや、パジャマ。気になるじゃん。彼女が何を着るかとかさ。教えて?」
「ええー……いや、普通に、Tシャツと、短パン。ユニクロの」
「え、あ、そうなんだ? へー……意外」
「え? 何が?」
「いや、別に」
「え、なに、言ってよ」
「いや、もっと、ちゃんとしたパジャマとか着ると思った」
「え、ちゃんとしたって、どんな?」
「え、ジェラピケとか」
「ああーーーー。なるほど、そっちね。……そっちかー」
「うんうん」
「そういう子が好きなんだ?」
「いや、好きっていうか、その方が、女の子っぽいっていうかさ」
「あー」
「いや、そういうの、押し付けとか良くないってわかってんだけどね? いや、ごめん、良くないわ。やめよ、やめよ」
「ええ、なに、ふふ」
「気にしないで。全然! そのままの感じで、いいです」
「うん、うん」
「え、でも、買ってあげたら、着てくれたりする?」
「え?」
「いや、俺が買うから、そしたら、着てくれたりする?」
「え、パジャマ?」
「うん」
「コスプレってこと?」
「いや、そうじゃなくて。普通に。俺が見てないときでも」
「あー」
「だめ……?」
「どうだろ。着心地良かったら」
「あー、まあ、そうか」
「うん」
「うん」
「……」
「なんかごめん」
「いや、うん、だいじょぶ」
「……てかさ」
「うん」
「温度差、あるよね」
「え、何?」
「いや、俺たち。温度差あるよねって。付き合ったばっかりなのに」
「え、そう……?」
「そうだよ。毎日電話したいなーって俺は思ってるのに、そっちはそう思ってないし」
「いや、そんなことないよ」
「いや、そうでしょ、思ってないっしょ」
「いや、あー……」
「即答できないってことは、そうじゃん」
「いや、そんなつもりじゃないけど」
「でも、したくないでしょ?」
「何を?」
「電話。毎日」
「……」
「なんで?」
「え?」
「なんで電話したくないの? そこまで俺のこと、好きじゃないってこと?」
「いや、それは違うって」
「いや違わないって。好きなら電話できるし」
「ええ……?」
「じゃあ、ほかに理由あんの? 電話できない理由。通話代こっちが払うって言ってんのに」
「待って、違うって。そんな怒らないで」
「いや、怒ってんじゃなくて聞いてるだけ。なんで毎日電話したくないのかって」
「いや、違くて。別に、したくないわけじゃないんだけど」
「じゃあ何?」
「ええー? なんか、ごめん、ほんと待って」
「うん」
「……まず、好きなのは本当。ちゃんと好き。そこは大前提ね。好きじゃなきゃ、付き合わないから」
「うん」
「でも、私は、夜のね、このくらいの時間、本を読むとか、ラジオ聴くとか、映画見るとか、テレビ見るとか、考え事するとか勉強するとか、そういう時間がすっごい大事なの。これは、誰かを好きでいるとか、そういうのとは全く別のベクトルの話で、一人の時間が大事って話」
「……」
「それで、その何かをしてる時間、自分の大事な時間に、毎日電話をしようってなると、ちょっと、それは受け入れられないって、そういうことなんだけど……」
「好きな人との電話なのに?」
「え?」
「好きな人との電話! 恋人との電話なのに、それが、ラジオとか本に負けてるってことでしょ? それさ、恋人のこと、優先順位めっちゃ低くしてるって話なだけじゃない?」
「いや、だから、違うって」
「違わないってこれは。さすがに無理だってそんなの。俺のこと、ラジオより下に見てるんでしょ」
「いや、そんな、上とか下とかじゃないって言ってるじゃん」
「いや、無理だよ。俺との電話はラジオ以下ですよって話だよ、それは」
「ごめんちょっと、そんな近視眼的になられると、会話にならないって。落ち着いてよ」
「はい? なにキンシガンって。バカにしてるじゃん」
「ええ? 待って、違うってば」
「いや、なんかさ、ごめん。やっぱちょっと違うかもしんない。なんかさ、全体的に冷めすぎてるって、そっち」
「ええ?」
「だって付き合いたてとかさ、もっと可愛くなろう〜ってしたり、会いたくなったりとかするんじゃないの普通。そういうの、全然見えないじゃん」
「ええ? 待って。さすがにそれはちょっと違うって」
「いや違わないって。そうあるべきじゃん普通。恋人に尽くそうとする意思がさ、感じられないって、全然」
「いや、うん、ごめん。あのさ、私が悪いかもだけど、一個言っていい……?」
「なに?」
「私たちさ、35歳だよね?」
「え、うん」
「携帯料金ぜんぶ親が払ってるとか、彼女はパジャマにジェラピケ着てほしいとか、毎日電話したいとか、さっきから、価値観が大学生すぎじゃない?」
「いや、え、そんなの、年齢とか、関係ないっしょ」
「ごめん、さすがにちょっとは関係あるって。ごめん、ほんと、急に無理になっちゃった。やっぱ、もう寝る。電話、もうかけないでね。おやすみ」
「え、ちょ、待って、え、あ」

次の誰かの23時54分へ続く

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ライター紹介

カツセマサヒコ
1986年東京生まれ。2014年よりライターとして活動を開始。2020年『明け方の若者たち』(幻冬舎)で小説家デビュー。同作は累計14万部を超える話題作となり、翌年に映画化。2作目の『夜行秘密』(双葉社)も、ロックバンド indigo la Endとのコラボレーション小説として大きな反響を呼んだ。他の活動に、雑誌連載やラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM 毎週木曜28:00~)のパーソナリティなどがある。

【Instagram】:katsuse_m
【X】:@katsuse_m
こいけぐらんじ
画家、イラストレーター、音楽家
愛知県立芸術大学油画専攻卒業。2010年頃から漫画の制作を始め、「うんこドリル」シリーズ(文響社)のイラストや、OGRE YOU ASSHOLEのアニメーションによるCM制作など、活動の場を広げている。また、バンド「シラオカ」ではVo./Gt.を担当。

【X】@ofurono_sen
【Instagram】guran_g
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