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「雨の夜にだけ会いましょう」

「定期的に集まろうぜ」と言い出した飲み会は二回目が開催されない。
 仕事も遊びの約束も、数週間先の予定を詰められるとなんだか心が重くなる。
「もっと雑で、ちょうどいいこと」を求めて、無責任な願望を言葉にしてみるカツセマサヒコの妄想コラム連載です。

第24夜 友人の家具選びに付き合うのが一番楽しい

三月ももう終わりです。新年度を間近に控え、新たな土地での新生活をスタートさせる人も多いのではないでしょうか。

つまりは、お引っ越し。転勤や初配属、大学進学に備えて不動産屋に駆け込み、何件ものアパートやマンションを比較し、いざ内見してみれば「ご希望の条件よりも若干高くはあるのですが……」と3万円くらい予算を上乗せされた物件に連れていかれ、「え、3万足すと、こんなにステキなお部屋になっちゃうの……?」と心が揺らぎ、あれほど固定費は減らせと先輩から教わったはずなのにまんまと契約したりしていませんでしょうか。

そんな時期、友人から言われたら一番嬉しいセリフがあります。

「一人暮らし用の家具を見に行くんだけどさ、よかったら付き合ってくんない?」

これです。こんなことを言われた日には、私の心の奥深くで眠っていたインテリアデザイナーの血が、ぐつぐつと沸騰し始めて制御しきれなくなるのです(ちなみにインテリアデザイナーの血は地球人ならどなたにも薄く流れているそうですよ。今はそういうことにしておきます)。

桜が満開の、よく晴れた土曜の朝。友人の運転するバカでかいピックアップトラックが、自宅の前に止まりました。私の住むアパートの前の道幅は非常に狭く、鯨と見間違うほど大きなピックアップトラックはややサイドミラーに傷をつけながら到着したようです。

「お待たせー!」
「ちょ、車デカすぎじゃない?」
「家具を載せるならこのくらい大きくなきゃだめっしょ!」

全部持って帰る気かよ。配送じゃないのかよ。そう思いながら、しかしわざわざこんな車まで手配してくれたのだから、その意気込みは大切と言い聞かせて、私は助手席に飛び乗ります。

車中に流れているユーロビート。首都高速はデッドヒート。助手席で飲んだくれるモヒート。突然韻を踏んでも許してくれる友人が、にこやかに車を大型家具ショップまで運びます。

そこから始まる、家具選びの楽しみ。友人が手書きで用意した、縮尺が無茶苦茶の間取り図を見ながら、どこに何があったら楽しいか、という話題で盛り上がりつつ、机やベッド、ソファ、ラグ、収納、照明器具などを一つずつ吟味していきます。

結局は友人の財布からお金が出るのだし、と、こちらはかなり金銭にルーズな感覚で、あれやこれやと好みをぶつけます。しかも、意外とそれが気に入られたりして、自分では絶対に買わないようなド派手なテーブルなどを購入するものだから、やはり楽しくて仕方がないのです。

「あ、これなんてどうかな?」

友人が立ち止まったのは、二段ベッドの前でした。

「え、ごめんもしかして二人暮らしの予定だった!? おれ、今まで一人暮らしだと思って選んでたわ! ごめん!」

即座に詫びを入れると、友人はケロッとした顔で言いました。

「いや、一人で合ってるよ」
「は? じゃあなんで二段ベッドなの」
「え、気分によって、寝る場所を変えられるから」
「いやー気分を変えるポイントが独特すぎるだろ」
「でもほら、恋人が泊まりに来たときとかさ」
「ああー。ってなりそうだけど、そのときは狭くても横で寝てやれよ。せっかく来たのに上下で寝るってなんだよ。バックパッカーの宿泊先かよ」
「それはバックパッカーへの偏見でしょうよ」
「いや悪かったよ謝るよ。え、てかさ、恋人できたの?」
「まだだよ」
「今までの会話、全部無意味じゃん」

ド天然の友人に戸惑ったり怒ったり笑わせてもらったりしながら、どんどん家具を選んでいきます。いつの間にか照明もラグもデスクもテレビ台も選び終えていて、やっぱりソファは入らないな、というお決まりの結論にも達しながら、軽自動車くらい大きな買い物カートを、ぱんっぱんに膨らませていきました。

「いやー、何がいいってさ、人間がこれだけ大量にお金を使う瞬間って、なかなかないってことだよね。そこに立ち会える幸せって、なんかいいよね」
「わかる。ちょっとゾクゾクしちゃうよね」
「うんうん、そうなのよ。え、あれ? クレジットだめだったの?」
「あれ、ほんとだ。期限切れてるわこれ」
「は? 待って、他にカードある?」
「ない。あー、ちょっとカード貸してくんない?」
「うわーお、予想外の一時出費」

しかし友人の親は石油王なので、10分もあれば口座に元の金額を振り込むとのことでした。持つべきものは、石油王を父に持つ友人です。こうしてセルフレジでの会計を終えて、その金額に血の気が引きながら、店をあとにします。

大量の家具をピックアップトラックに載せて、ゆっくりと帰り道を走ります。なぜか友人は『ドナドナ』を口ずさんでいて、不穏な空気を漂わせてきます。

「え、もしかしてだけどさ」
「うんー?」
「これ全部、今から俺たち二人で組み立てんの?」
「まあ、組み立てるまでが家具選びって、よく言うからね」
「初めて聞いたよそんなのは」

天国のあとは地獄ってやつです。
それから丸一日かけて、私たちは猛烈に不仲な空気を味わったりしながら家具を組み立て続けましたとさ。

このくらい。このくらい雑でなんだかよくわからない出来事が、来世あたりで起こりますように。

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ライター紹介

カツセマサヒコ
ライター/小説家
1986年東京生まれ。2014年よりライターとして活動を開始。2020年『明け方の若者たち』(幻冬舎)で小説家デビュー。同作は累計14万部を超える話題作となり、翌年に映画化。2作目の『夜行秘密』(双葉社)も、ロックバンド indigo la Endとのコラボレーション小説として大きな反響を呼んだ。他の活動に、雑誌連載やラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM 毎週木曜28:00~)のパーソナリティなどがある。

【Instagram】:katsuse_m
【X】:@katsuse_m
水川雅也
イラストレーター
1995年生まれ。岡山県出身。
デザイン会社勤務を経て、2021年に独立。
書籍やCDジャケット、広告のイラストなど幅広く手掛けている。
主な実績に、大江千里『Letter to N.Y.』ジャケット、TBSラジオ『安住紳一郎の日曜天国』番組ポストカードなどがある。

【official】:https://masaya-mizukawa.com/
【X】:@wriver02
【Instagram】:masaya_mizukawa
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