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「雨の夜にだけ会いましょう」

「定期的に集まろうぜ」と言い出した飲み会は二回目が開催されない。
 仕事も遊びの約束も、数週間先の予定を詰められるとなんだか心が重くなる。
「もっと雑で、ちょうどいいこと」を求めて、無責任な願望を言葉にしてみるカツセマサヒコの妄想コラム連載です。

第23夜 犬に好かれし能力を持つ者

犬が好きです。

最近はビーグル、コーギー、ジャック・ラッセル・テリアなどが特に愛くるしく感じます。尻尾を振って突っ込んでこられると、何もわかっていないのに「わかったわかった」と言ってしまう側の人間です。本当に何もわかってません。

「犬派」「猫派」、という、誰が決めたかわからない派閥があります。私の青春期でいえば「GLAY派」「ラルク派」や「辻ちゃん派」「加護ちゃん派」、「プレステ派」「サターン派」などもありました。さらに古く遡れば「きのこ派」「たけのこ派」といったものが、あまりにも有名です。

どうして「犬」と「猫」が対立構造として並べられたのかは、私には分かりません。もしかすると「電博(広告代理店の電通・博報堂を並べた略称)」と同じようなもので、「本当は犬(電通)のほうが圧倒的に優勢なのに、あえて対比させることで、まるで猫(博報堂)が犬に並ぶ2強のように見えるから」ということでしょうか? だとしたら圧倒的に犬のほうが魅力的でラブリーでプリティーに決まっているのに、猫派はずいぶんと必死に知恵を働かせたようですねェ、クックックッ……。

と過激な思想を持つくらいには犬が好きな私なので、かねてから掲げている願いは、たった一つです。

犬に好かれし能力を持つ者になりたい。

私がその能力に気がついたのは、三月を間近に控え、外の空気も少しずつ春の予感を纏い始めた頃でした。何気なくひとりコンビニまで珈琲を買いに出かけると、歩くのが嫌になっちゃった柴犬(可愛い)が、飼い主の持つリードに引っ張られてヘンテコな顔付きになった状態で、こちらを見ていました。

(助けてくれ、歩きたくないんだ)

ふいに、私の頭の中に柴犬の声が響いて、思わず爆笑します。

(笑っている場合か。私が散歩嫌いな犬だってことを、このバカ飼い主に教えてやってくれないか)

なんてダンディな声。ソフ○バンクの白犬よりもずっと落ち着いている印象です。しかし、私はただコンビニに向かう途中の成人男性であって、令和のドリトル先生になるつもりは毛頭ありません。愛おしく柴犬を見つめながらその前を通り過ぎようとしたところ、

(勘弁してくれえ)

と、お腹まで見せてアスファルトに寝転び始める柴犬が見えます。全く動こうとしない愛犬を前に、リードを持ったまま全てを諦めた様子で立ち尽くす飼い主さんの姿も、また良い。きっと長年、このコンビで散歩をしてきたのでしょう。

柴犬に癒されたまま一つ住宅街の角を曲がると、今度はスタイリッシュな、馬。一瞬そう勘違いするほどに、デカい何かが体当たりをしてきました。

思わず倒れそうになりますが、腰を下げ、ぎりぎりのところで立ち止まると、その動物の顔をようやく認識します。これは、自分が大型犬だと気づいていないタイプの、ボルゾイだ。

ボルゾイっていう犬種は、本当にちょっとした馬みたいに大きいのですが、たまに勘違いして、自分を愛くるしい子犬か何かだと思っている個体もいます。その場合、子犬と同じようなフットワークで飼い主に飛びかかったりするわけですが、人間からすれば野獣に襲われたようなもの。かなりのハードアクションに、骨折も視野に入ってくる様です。

私は愛情表現過激派のボルゾイに顔をベロベロと舐められていきました。長い舌による丁寧かつスピーディーな舐めまわしはこちらの精神を破壊していく強さがあり、何度も意識が飛びかけます。それを見ている飼い主のマダムさんは、「あらやだ、うちの子ったら、ウフフ……」と口元に手をやって、お上品に笑って済ますのです。もっと慌てろ。

顔中がヨダレまみれになったままどうにか距離を保ち、「ありがとうございました」とボルゾイに一礼すると、ボルゾイは名残惜しそうに「またね」とだけ言います。

もう一度角を曲がると、そこでようやくコンビニが見えました。

いやー、今日は素敵なワンちゃんに絡まれまくって最高だな、と思いながら店に入ろうとすると、おやおや、コンビニ前の駐車場に、グレムリンのギズモよろしく、大量発生しているコーギーがいるじゃないですか。

「どうしたんですか、これ」
「いやー、ちょっと水を与えたら、増え始めちゃって」

困っちゃいました、と言いながら、全く困った様子を見せない若い男性。こんなにコーギーが溢れたら世界中に幸せがもたらされてしまうぞ、と恐ろしく思っていると、再び飼い主らしき男性が言いました。

「あ、でもこれ、時間が経てばまた一匹に戻るんで」

コーギーって、そういうものだっけ?

犬のことがすっかりわからなくなってしまった私をよそに、増え続けるコーギーが嬉しそうに体当たりをかましてきます。満員電車よりいっぱいのコーギー。さすがに今度は耐えきれず、私はコンビニ前で仰向けに倒れ込んでしまいます。そこにすかさず、イナバ物置のCMくらいの勢いで私の上に飛び乗ってくるコーギー。無邪気の強さに骨までばきばきですが、これも一つの幸せのかたちと言えるでしょう。

「ほら、そろそろ帰るよ」

飼い主の声に反応して、一匹に収束しはじめるコーギー。その誇らしい横顔を見て、私の折れまくった骨もみるみる治っていきます。まるでベホマ。

「次はもっと愛してやるからワン」
「ええ、お待ちしてます」

コーギーの去り際のセリフにゾクゾクしたあと、私はコンビニに到着し、無事にコーヒーとドッグフードを買って帰ったのでした。

このくらい。このくらい雑でなんだかよくわからない出来事が、来世あたりで起こりますように。

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ライター紹介

カツセマサヒコ
ライター/小説家
1986年東京生まれ。2014年よりライターとして活動を開始。2020年『明け方の若者たち』(幻冬舎)で小説家デビュー。同作は累計14万部を超える話題作となり、翌年に映画化。2作目の『夜行秘密』(双葉社)も、ロックバンド indigo la Endとのコラボレーション小説として大きな反響を呼んだ。他の活動に、雑誌連載やラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM 毎週木曜28:00~)のパーソナリティなどがある。

【Instagram】:katsuse_m
【X】:@katsuse_m
水川雅也
イラストレーター
1995年生まれ。岡山県出身。
デザイン会社勤務を経て、2021年に独立。
書籍やCDジャケット、広告のイラストなど幅広く手掛けている。
主な実績に、大江千里『Letter to N.Y.』ジャケット、TBSラジオ『安住紳一郎の日曜天国』番組ポストカードなどがある。

【official】:https://masaya-mizukawa.com/
【X】:@wriver02
【Instagram】:masaya_mizukawa
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