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雨の夜にだけ会いましょう_メインビジュアル_230426

「雨の夜にだけ会いましょう」

「定期的に集まろうぜ」と言い出した飲み会は二回目が開催されない。
 仕事も遊びの約束も、数週間先の予定を詰められるとなんだか心が重くなる。
「もっと雑で、ちょうどいいこと」を求めて、無責任な願望を言葉にしてみるカツセマサヒコの妄想コラム連載です。

第22夜 徒歩3分のところに住む友人が欲しい

人生には、恋じゃねえんだよな、という瞬間があります。

恋愛の、あの頭がぼんやりと甘くなるような感じもいいんですけど、今はそういう気分じゃなくて、もっと雑で、やさぐれていて、気軽で、でも孤独じゃない。そういうさらりとした感触のようなものが欲しいんだよ、と願うときがあると思うのです。

べったりしたくはないんだけど、でもなんかちょっと寂しい、とか、なんかちょっと盛り上がりたい、とか、そういう時。もしくは、なんかちょっと人の気配が欲しい、とか、なんかちょっと酒飲みながら話聞いてほしい、とか、そういう「なんかちょっと」って、生きてるかぎりたくさん訪れると思うのです。

つまり、徒歩3分のところに住む友人が欲しい。

地元の公園に桜が綺麗に咲いて、その下にはちょうどいい感じのベンチがあって、そこで酒を飲んでみたいとは思うけれど、わざわざ遠くにいる友達を呼ぶほど盛大に咲き誇っているわけでもない。これは、買い物ついでくらいにちょっと立ち寄るくらいの規模のやつ。でも、ひとりで座るのも、なんか寂しいんだよな。

そういうとき、ふと思いついた顔があって、私はスマートフォンを取り出しました。

「あー、あのさ、いま家? あ、ほんと? あのさ、近くの公園わかる? うん。カバの。そうそう。あそこでさあ、桜の木あんのよ。あ、わかる? うん。今そこいんだけどさ、すげー咲いてんのね。うん、うん。あ、やっぱり? いいよね、これ。それでさ、あのさ、もしかしてさ、今からここで酒飲めたりしない?(笑)」

みたいな電話。

こういう、ダメ元で、断られてもあんまり気にしないくらいの誘い方をして、そして簡単に約束が生まれて、ふら〜っと5分くらいで、ママチャリに乗った友人が笑いながら現れてくれるのです。

「だからさあ、急過ぎっていつも言ってんじゃん(笑)」

こういうツッコミ、大好き。出会い頭で文句から始まる友達、ぜったいにみんないいやつ。

二人で何も言わず、まるでそれが当たり前かのように、まずは近くにあるローソンに足を運びます。なんでローソンかっていうと、小さな公園の近くには必ずローソンがあるって決まってるからです(これを偏見と呼びます)。

二人で2本ずつくらい、缶のお酒とツマミを買って、ついでに「お、ポケカあんじゃん」とか「一番くじ一回だけやっていい?」とかそういう子供心も忘れずに楽しんで、それぞれの片手に別々のコンビニ袋、もう片方の腕にはラストワン賞の大型犬サイズの宇宙人のぬいぐるみをを抱えて公園に戻ります。

「いやー、いいね」
「あー、いい、これはいいね」

ベンチに座った途端、漏れ出てしまう「いいね」。SNSで押されるそれの5万倍の効果があると言われています。

「じゃあ、乾杯。お疲れ様でした!」
「いやなんもしてないからね(笑)」

真っ昼間から、乾杯。完全に季節感はミスっていますが、桜がひらりひらりと舞う中、静かな小さな公園で飲む酒は格別な美味しさです。クゥー。とか、ういー。なんて声が出ちゃいます。

「てかさ」
「うん」
「俺、更新時期近づいてんだけど」
「え、マンション?」
「いやアパートね」
「そこどっちでもいいけど」

おやおや、なんだかアレな話題でしょうか。

「どうすっかなあ〜って」
「え、引っ越すってこと?」
「んーどっちかなーって」
「えー残れよ」
「だよねー」
「え、なんで? 住みたい街あんの?」
「いやー、ね、彼女がさあ」
「ああ〜、なーるほどね〜」
「ねー」
「同棲?」
「的な?」
「的なかあ」

みたいな、ちょっとこう、寂しさを感じる話とか、悪くないですよね。桜が舞ったのなら、そういう「いつまでも続くものではない」みたいな、青春ぽいやつをやりたい。

それで、結論は出ないまま、たらたら〜っと二本目の酒も開けて、近くにいた鳩にたまにツマミもやって、二時間弱くらい話して、日が沈むよりずっと早くに「そろそろ行きますかね〜」みたいな感じで解散ムードになって、立ち上がります。

「あ」

公園を出て、二人がそれぞれの道に進む交差点で、相方が何かを思い出した顔をします。

「駅裏にさ、ラーメン屋できたっしょ」
「あ! 見た。蕎麦屋だったとこ」
「そうそう」
「うん」
「明日、あそこ行かね?」

こうやって、気になってるけど一人で入るのは少し怖いとか、そういう店があっても、気軽に誘える相手がいて、食べたらすぐに解散くらいの関係。いなくなったら寂しいけれど、それでもいつかは離れるときが来るとお互いわかっているような関係が、大人になったら理想とすら思うのです。

「じゃ、また」
「うん、また」

このくらい。このくらい雑でなんだかよくわからない出来事が、来世あたりで起こりますように。

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ライター紹介

カツセマサヒコ
ライター/小説家
1986年東京生まれ。2014年よりライターとして活動を開始。2020年『明け方の若者たち』(幻冬舎)で小説家デビュー。同作は累計14万部を超える話題作となり、翌年に映画化。2作目の『夜行秘密』(双葉社)も、ロックバンド indigo la Endとのコラボレーション小説として大きな反響を呼んだ。他の活動に、雑誌連載やラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM 毎週木曜28:00~)のパーソナリティなどがある。

【Instagram】:katsuse_m
【X】:@katsuse_m
水川雅也
イラストレーター
1995年生まれ。岡山県出身。
デザイン会社勤務を経て、2021年に独立。
書籍やCDジャケット、広告のイラストなど幅広く手掛けている。
主な実績に、大江千里『Letter to N.Y.』ジャケット、TBSラジオ『安住紳一郎の日曜天国』番組ポストカードなどがある。

【official】:https://masaya-mizukawa.com/
【X】:@wriver02
【Instagram】:masaya_mizukawa
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