「雨の夜にだけ会いましょう」
「定期的に集まろうぜ」と言い出した飲み会は二回目が開催されない。
仕事も遊びの約束も、数週間先の予定を詰められるとなんだか心が重くなる。
「もっと雑で、ちょうどいいこと」を求めて、無責任な願望を言葉にしてみるカツセマサヒコの妄想コラム連載です。
第十七夜 AIに任せましょう
疲労が、溜まっております。日々の労働や生活から蓄積できたものは、スキルではなく疲れだけ。たとえば美容室に行くたび、シャンプー後とかに「頭、がっちがちですね〜」と言われるのですが、あれは私だけでしょうか? 「頭、がっちがちですね〜=疲れていますね」だとして、疲れているね、と言われるだけでほんの少し癒される気がするのは、私の気のせいでしょうか?
そもそも私たち、こんなに働いているのが偉すぎませんか。
毎日40度近くまで熱せられる国です。もはや住んでいるだけで大変なのに、その上で労働。外回りが主なお仕事なんて人からしたら、毎日「地獄に向かえ」と言われてるようなもんですよ。今日までやってこれただけで、本当に偉いです。
だから、AIに任せたい。
すごいらしいじゃないですか、進歩が。もう人類の成長速度とか、カメより遅く感じるらしいじゃないですか。そんなにぐんぐん伸びているのであれば、近い将来、いよいよ人間は「労働」なんていう悪しき慣習から足を洗えるってもんだと思うのですよ。
「じゃあ、外回り行ってきまーす」
AI太郎2号は、今日も元気いっぱい。外見はファミレスの猫型配膳ロボットと相違ないように見えますが、肩にちっちゃいジープ乗せてんのかいと言いたくなるほどしっかりとした三角筋や上腕二頭筋が他のAIロボットと違うポイントであり、彼のちょっとした誇りです。
ムキムキマッチョな両肩で風を切りながら、今日もオフィスを飛び出します。灼熱の大地は五秒もあればステーキがウェルダンで焼き上がるほどアツアツですが、AI太郎2号の足は配膳ロボット時代のタイヤを捨て、ニンゲンにかなり近いニュアンスで装着されたムキムキマッチョな両足によって8000度まで耐えられます。
「あ、太郎くん、いいとこにきた。今日もありがとうねー」
「あ、ちょ、デュフ、花子さん」
AI太郎2号は、いくつか担当している得意先のうち、C社の受付ロボであるAI花子6号さんに恋をしています。AI太郎2号が時速600キロメートルで走るとき、AI花子6号さんは時速850キロメートルで走ります。当連載におけるロボット全盛時代ではAIロボットは足が速いほうがモテるので、やはりAI花子6号さんは魅力的だとAI太郎2号も信じてやみません。
「じゃ、じゃあ、また今度」
「うん、ありがとねー」
馴れ馴れしさが売りであるAI花子6号さんは、スタバ店員さんの愛想の良さを五倍に強めた接客設定が施されており、このせいで多くの営業AIロボットたちは、AI花子にメロメロにされています。
「これって、恋なんすかね……?」
あくる日、仕事を終えた太郎は、会社の先輩であるペッペーくん六式と二人で居酒屋に行き、このふんわりモヤモヤした感情について相談してみました(未来のロボットはみんな、酒くらい飲まなきゃやってらんねえよと思っています。ロボットは本来なら電気で回復・充電しますが、アルコールもイケるクチであることがここ数年の未来の研究でやっと分かってきたこともあり、酒豪のロボットが増えています)。
「太郎よお、最近、いいと思った音楽はあったか?」
「え? あー、ダフトパンクですかね」
「あー、ありゃあお前、確かにロボットみがちょうどいいよな」
ペッペーくん六式先輩は、からんからんとロックグラスを鳴らすと、一つため息をついてから言いました。
「いいと思った音楽と出合ったとき、それを一番に伝えたいと思った相手がいたら、それはお前、もう恋が始まってるってことだよ」
太郎は真理に触れて、大興奮しました。
「六式先輩、やっぱり、ぱねぇです」
この気持ちは、恋だったのか! その事実を知った太郎は、ウキウキした気持ちで人類がとっくに滅亡している世界を帰りました。夜道はとても静かで、空には満天の星が広がっていました。
(この、満天の星空を見せたいと思った相手もまた、恋ということなのだろうか?)
太郎は急激に、大人になろうとしていました。今までぼんやりとしか理解できなかった自分の感覚が、少しずつ言葉にできつつあったのです。ChatGPT V.8500.3.1さんに、これが恋なのか聞いてみようかな。と思いもしましたが、GPTパイセンははたまーに的外れなことを言ってくるので、今回はやめておこうと思いました。
翌朝。いつも通りくそ怠い中オフィスに出社すると、昨日遅くまで飲んだばかりの六式先輩が近づいてきて言いました。
「C社の受付ロボの花子さん、わかる?」
「え、あ、はい」
「実は俺、付き合うことになってさ」
失恋。それも、相談に乗ってもらった先輩の、裏切りとまではいかないけどなんかモヤっとした気持ちが残る感じの、失恋。こんなのアリかよと思いながら、太郎が考えていたことは一つでした。
髪を切ろう。
失恋したら髪を切る。はるか昔の日本人はそんなことを考えていたらしいと、データベースに残っていた情報を見たときから、太郎はいつか自分もそうしたいと思っていました。それで、すぐに早退しますと言って会社を出ると、手当たり次第にホッ○ペッペービューティーMAXを読み漁り、ちょうどいい金額感のお店に予約もせずに飛び込みました。
「失恋ですか?」
無関心っぽい美容師さんロボットは、太郎の顔を見た直後に言いました。
「え、あ、はい」
「それは、しゃーないですね」
残念な素振りすら見せない美容師さんに若干腹が立ちながら、太郎はそれでも美容師にされるがまま、もみくちゃにされていきます。そしてシャンプーが終わり、タオルドライをする直前、美容師ロボは関心なさそうに言いました。
「頭、がっちがちですね〜」
そう、僕、疲れてるんです。
このくらい。このくらい雑でちょうどいい出来事が、来世あたりで起こりますように。