「雨の夜にだけ会いましょう」
「定期的に集まろうぜ」と言い出した飲み会は二回目が開催されない。
仕事も遊びの約束も、数週間先の予定を詰められるとなんだか心が重くなる。
「もっと雑で、ちょうどいいこと」を求めて、無責任な願望を言葉にしてみるカツセマサヒコの妄想コラム連載です。
第十六夜 ドーム公演で突然ステージに呼ばれる
いよいよ暑さが、マックスハイテンションになってきた気がしませんか。今この瞬間に億万長者になれたら、私はもう人工雪の製造マシーンを大量購入して家の中をゲレンデにしてしまいそうです。
昨今の夏は、比喩でもなんでもなく死人が出るレベルの酷暑続きですから、水分補給とか言うてる場合じゃありません。できるだけ外出を控えた結果、クーラーをガンガンに効かせた部屋で好きな人と毛布にくるまって一日抱き合って過ごすとか、好きな人から突然花火大会に誘われて「浴衣着たいんだけど、歩くの遅くなっちゃってもいい……?」とか聞かれたい人生だったはずです。
ああ、涼しくて、楽しいことがしたい……。
直射日光を浴びずに、超絶ハッピーになりたい……。
なんかたっくさんの人からチヤホヤされまくって承認欲求ヒタヒタに満たしたい……。
そんな願望を叶えられるとしたら、それはもう、「東京ドームでのコンサート参戦」一択になると思うんですね(いや、他にもあるかもしれませんけど、この連載ってそういうものなので。こちらに都合がいいように世界や社会がどんどん捻じ曲げられていくものなので)。
この際、アーティストは誰でも大丈夫です。皆さんの頭の中に、お好きなヌーを浮かべてもらって構いません。
そのライブに、奇跡的な倍率を勝ち抜いて、行くことになるわけです。ドーム公演なら、エアコンもそこそこ効いてますからね。猛暑でもある程度はへっちゃらです。さらには、右手にデカいポップコーン。左手には巨大なビールカップまで用意しました(もしかするとこの辺りはただの野球観戦なのでは? と自分の記憶がごっちゃになっているところはお詫びします)。
ここまで来れば、あとは席に着くだけ。どこかにしまったはずなのになかなか見つからない紙チケットをリュックサックの一番使わないポケットから発見すると、それを広げて、席番号を確認します。
「ん? これは、もしかして?」
チケットに記載された番号と、会場のマップを照らし合わせます。何度も何度も、確認します。しかし、何度確認してみても、チケットに書かれた番号は、黄金色に燦然と輝いたまま、うまく読み取ることができません。
「マジで? マジで、マジで、マジで?」
何度も何度も何度も確認して、ようやく、確信できました。そう。これは、アリーナ最前列・ド真ん中。勝ち取ったチケットは、超ハイパーウルトラスクリューブレイキングミラクルグレイテストアンノウンプレミアチケットだったのです。
「やべー! 推しが! 目の前に! 来ちゃう! きゃー!」
心のヌーはとっくに飛空挺し、私は最前列から見るステージの大きさに圧倒されてしまいます。これがドーム公演の最前列。なんて素晴らしい景色でしょうか。「近すぎて端っこまで見えないよ〜」なんて自分の浮かれた声がスタンド席に聞こえようものなら、すぐにでもフルボッコにされてしまうことでしょう。
開演時刻を五分過ぎ、いよいよ暗転すると、地鳴りのような歓声が響きます。これがドーム公演の破壊力。その歓声に導かれるようにして、ゆっくりとメンバーがステージに現れました。もう、すぐそこ。高校の教室の端から端よりも全然近くで、憧れのあの人たちが、拳を掲げながら現れたのです。
そこからは無我夢中で、ほとんど意識がありません。序盤からヒットソングのオンパレード。身体中が幸福で満たされるものですから、もはや言葉でなんかでは言い表しようもないわけです。あー来てよかった。てか、最前列とかヤバ。私の後ろにどれだけの人がいるってことよ。人生最大の幸福度に満たされ、自分でもその幸運っぷりに引いていると、突然、謎のMCタイムに入ったのでした。
「あー、そこの、最前列の、真ん中のあなた」
「……?」
「うん、そうそう、首からタオルを12枚ぶら下げてる、そこのあなたね」
「……?」
「せっかくだし、よかったらこっちにきて、景色でも見てみませんか」
「……!?????」
まさかの、推しアーティストからご指名。3万人だか5万人だか知りませんが、超満員となっているドームの最前列から、ステージに上がれと言われるのです。これこそが、人生ぶっ壊れるレベルのウルトラハッピーサマータイム。満たされまくる承認欲求。大歓声が鳴り響き、ああ、私が東京ドームに受け入れられていく。
「エだフオ亜wjふぇあwf絵じゃウェファエア?」
テンパっている状況も無視されたまま、屈強なガードマンたちによって、私は神輿のように担がれてステージの上に上がります。そして何故か、スタッフからギターを渡されると、「一曲引いてやってくれ」と言われて、ピックまで握らされてしまいました。
なにこれ? わたくし、ギターとか全然わからないんですけど?
頭に浮かびすぎる疑問符をそのままに、とりあえず適当にエフェクターを踏み、さらに適当に、ピックを振り下ろしてみます。なんせ、目の前には数万人のオーディエンスです。こんなものは、ヤケクソでやるのが一番なのです。せーの。
じゃーーーーん。
その音の、直後。場内に湧き上がった、この日一番の歓声。全身で浴びるスポットライト。楽しそうな、推しの顔。メンバーが、私と肩を組んで、いつの間にかインスタライブまで始めてます。同時視聴者数、5000万とか出てます。影響力がばけもんです。
「じゃあ、この人には、これからのライブの全部フリーパスの権利をあげますから」
しれっと推しが言って、会場はさらに大きな歓声がわき、私はその日の翌朝、テレビやら新聞やらラジオやらで「史上最高の一般人」としてその名を世に轟かせたのでした。
このくらい。このくらい雑でちょうどいい出来事が、来世あたりで起こりますように。