「雨の夜にだけ会いましょう」
「定期的に集まろうぜ」と言い出した飲み会は二回目が開催されない。
仕事も遊びの約束も、数週間先の予定を詰められるとなんだか心が重くなる。
「もっと雑で、ちょうどいいこと」を求めて、無責任な願望を言葉にしてみるカツセマサヒコの妄想コラム連載です。
第十五夜 来場者数一億人ぴったりのキリ番を踏む
あなたの人生最大のラッキーは、どんなものですか?
万馬券が当たる、宝くじが当選する、宇多田ヒカルのライブを最前列で見る、飲み物の自販機でもう一本もらえる、一番好きな人と机が隣同士になる、満員電車で自分の前に座っていた人だけが降りる、あと一センチずれていたら死んでいたと医者に言われたことがある。一言で「ラッキー」と言っても、その規模や捉え方はまさに多種多様だと思います。
なかには「毎日元気に生きられたらそれだけでラッキー! ハッピーハッピーハッピー!」 なんて猫もびっくりの幸福度を誇る方もいるかもしれませんが、あいにくこちらはマリアナ海溝より欲深いことで知られる人間という生き物でございますし、37年も生きてれば、ちょっとやそっとのラッキーなんかじゃもう笑顔なんてこれっぽっちも作れやしないわけです(誇張です)。
だから、水族館とかテーマパークで、奇跡的な数字のキリ番を踏んでみたい。
その日、私はどうにも仕事が捗らず、こりゃあいくらパソコンと向き合っていたとてなんも進みやしないわいと、すべてを諦めるに至りました。愛用していたノートPCを持ち上げると、そのまま床に勢いよく叩きつけます。ガシャンと音を立てて、画面が割れ、CapsLockキーが飛び跳ねます。CPUを粉々にするまでは復活する可能性があるので、ポケットから巨大なハンマーを取り出して、カケラも残らないほど丁寧にPCを粉砕していきました。
これでよし。
旅の準備が整うと、携帯電話の連絡先から仕事関係の人たちを一人残らずブロックしながら電車に乗ります。向かう先は、海外。日本ではほとんどその姿を見ることができない、大量のラッコが見られる水族館に向かいます。なぜならラッコは可愛いからです。
羽田空港から自家用ジェットで目的地に着くと、さすがに平日の午前中ということもあり、チケット売り場はガラガラ。これはのんびりと見られそうだなあと気分よくワンデーパスを購入したところで、ふと違和感に気が付きました。
――平日の午前中だってのに、やけに店員の層が厚くねえか……?
コナンくんもびっくりの推理力。確かに、よくよく見るまでもなく、チケット売り場には制服を着用した店員さんたちがずらりと私を囲むように並んでおり、その数、2000を超えそうです。なんだこりゃ。バイトリーダーがシフト組むの盛大にミスったんか?
――バーロー。これはミスなんかじゃねえ。水族館側の、確信的な犯行さ。
――犯行だって!? せやかて工藤、ここはラッコちゃんが見られる水族館で、とても犯罪なんて起きそうな気配は……。
脳内で再生される、コナンと服部のくそ雑な会話劇。それらを無視しながら水族館の内部へと足を進めようとしたのですが、ラッキーが起きたのは、そのときでした。
この世に存在するありとあらゆる楽器が同時に最大ボリュームで音を鳴らしたような、信じられない爆音のファンファーレ。それが、水族館のエントランスに響き渡ったのです。
「Congratulationnnnnnnnnnnnnns!!!」
海外アーティストの東京ドーム公演で使われそうな巨大スピーカーから響き渡る、デスヴォイスのような男性スタッフの叫び声。先ほどの爆音ファンファーレによる衝撃波によって周囲の建物は半径二キロ圏内で既に全壊しておりますが、なんでかこの水族館だけはヒビの一つも入っていません。
「あの、すみません、何がおめでとうなんですか……?」
突然世紀末のような景観になってしまった周りを見回しながら、私は恐る恐る訪ねます。2000人近くの店員さん達は笑顔で拍手を続けていて、もはやちょっとしたホラー状態です。
「申し遅れました。わたくし、この水族館のオーナーであります、水族 館太郎(すいぞく・かんたろう)と申します」
「す、水族 館太郎!?」
「お客様は、当水族館のピッタリ1億人目のご来場者様でございました。盛大にお礼を申し上げたく、このような場を設けさせていただきました」
オーナーが喋っている間にも、建物の倒壊の音が聞こえてきます。しかしこちらはそれどころではありません。まさか海外にまで来て、一億人ピッタリの来場者に選ばれたのですから。
「あの、でも、僕はただ仕事をサボって、ラッコを見に来ただけでして」
「ええ、存じております。しかし、どんな目的で来られたとしても、1億人目という数字に嘘はございませんので、しっかりとおもてなしさせていただきますよ」
日本語も流暢なオーナーは、指をパチンと鳴らしました。すると、どこからともなく大量のラッコ達が、いかにも現金が入っていそうなアタッシュケースを神輿のように担いで、二足歩行でこちらに向かってくるではありませんか。
「大量のラッコが! いかにも現金が入っていそうなアタッシュケースを持って向かってくる!?」
もはや何を書いているのか、自分でもよく分かりません。しかし、1億番目のキリ番ともなれば、人間の想像をはるかに上回るラッキーが連発するのは間違いないことなのです。
「ケース、オープン!」
一番立派な髭をしたラッコが、バリトンのような渋い声で叫びます。すると、銀色のアタッシュケースから、一億ユーロ分の札束(円安を配慮してユーロに設定されております)が飛び出しました。
「本当におめでとうございます。1億番目の来場者さまには、1億ユーロと、この水族館の経営権を与えられます」
「経営権って、この水族館をもらえるってことですか?」
「That’s right! さすが人間、飲み込みが早いですね」
「なんでラッコと会話してるんだ、俺は」
こうして1億人目の水族館のゲストとなった私は、無事に大金と可愛いラッコがたくさんいる水族館をゲットすることができたのでした。
このくらい。このくらい雑でちょうどいい出来事が、来世あたりで起こりますように。