「雨の夜にだけ会いましょう」
「定期的に集まろうぜ」と言い出した飲み会は二回目が開催されない。
仕事も遊びの約束も、数週間先の予定を詰められるとなんだか心が重くなる。
「もっと雑で、ちょうどいいこと」を求めて、無責任な願望を言葉にしてみるカツセマサヒコの妄想コラム連載です。
第十一夜 ガラガラでも潰れない喫茶店の店主になりたい
人の欲について考えてみたいと思います。たとえば仕事帰りに流れ星を見たとき、条件反射のように即座に願いを唱えられるほど瞬発力を持った夢を抱いている人は少ないでしょう。「金、金、金!」などと路上で突然叫び出したら怖くて仕方ありません。
しかし、上司に叱られたショックでぼーっとデスクに座っているとき、ふと「非課税で六億円が欲しいな……」と思うときは誰にでもあるはずです。もしくは、土地。東京23区内にそれなりの広さの土地をもらえたら、私たちはすぐにでも労働をやめてしまう悲しい生き物。原稿なんてやってられっか。文字はオワコン。これからの時代は土地です。
その土地で、一日中ガラガラなのになぜか潰れない喫茶店の店主になりたい。
僕の好きな言葉に「家賃を払っていない味」があります。むっちゃ美味しいのに他の店より明らかに安いな……と感じるアレです。大体そういうお店は、店主が土地を持っているのです(偏見)。提供される飲食物の値段に家賃ぶんが含まれていないから、そのぶん高価な食材を使えたり、他店より安めな価格を設定できたりするのです。
そんな店を、駅からちょっと離れたところにひっそりとオープンさせたい。そこそこいい豆を仕入れて、珈琲のほろ苦い香りを漂わせて、クラシックとか小さなボリュームでかけちゃって、食○ログの営業は断って、SNSはインスタだけで、プロフィール欄に「不定休」とか堂々と書いて、時には「ひどい雨なので休みます」とか言っちゃったりして。
そんな店のカウンターで、ぼんやりと『ブルータス』特別編集の映画特集号とかを読みながら、時間を潰していた昼下がり。いつの間にか、外には雪が降り出したようで、窓の外はすっかり真っ白になっていました。
帰るのがダルくなる前に、今日は早めに閉めるかね……などと思っていた矢先、My Hair is Badもびっくりなくらい真っ赤な傘を差した女性が、カランカランと入り口の扉を鳴らして店に入ってきました。
「あ、やってますか……?」
いや、やってるから店に入れたんでしょう? 閉店してたら鍵かけてるよ? と難癖つけたくなりましたが、今日はまだ一組もお客が入っていなかったので、あまりに綺麗すぎる店内を見て心配したのでしょう。ガラガラの店ではこういうことはよくあるので、仕方ありません。
「大丈夫、やってますよ」
いつの間にかリリーフランキーさんのような外見になっている私は、リリーフランキーさんみたいな声で穏やかにそう返します(ガラガラの喫茶店にはリリーフランキーさんみたいなオーナーがいなきゃおかしいので)。
カウンター席に座った赤い傘の女性は、安心した表情をしながらホットのカフェオレを注文します。この店は家賃を払っていないので、カフェオレは洗面器みたいに馬鹿でかいカフェオレボウルですぐにご提供します。
「外の雪、すごそうですね」
馬鹿でかいカフェオレボウルに驚いているお客様を横目に、窓の外に降りしきる雪を見て言います。すると彼女も外のほうを向いて、斜めに振り続ける雪を見ながら困った顔をしました。
「帰ろうと思ったんですけど、電車が止まっちゃって」
「あら、そうなんですか、大変ですねそれは」
「今日はもう、動くかわからないって言われました」
「ええ? それはそれは……」
「俺んとこ来ないか?」と、言いかけました、あぶねー。氣志團じゃねーか。ガラガラでも潰れない喫茶店のリリーフランキー似のオーナーが「俺んとこ来ないか?」とか言うわけねー。あぶねー。
「少しでも、落ち着くといいですねえ」
「ええ、少し、雨宿り、じゃないや、雪宿りさせてください」
「ええ、ごゆっくり」
雪宿り。なんておしゃれで甘美な響きでしょうか。こういうおしゃれな発言が自然と口に出てくるような趣のある人と付き合えたら、人生はいちいち楽しいのに。店主、テンションマックスになりました。洗面器みたいに馬鹿でかいカフェオレボウルが、すぐに冷めていきます。淹れ直しましょうか、と言って、家賃の払っていないカフェオレを改めて作り直します。その間、お客様はスマホをいじりながら、何やらニヤニヤし始めました。
まさか、彼氏か? 彼氏を呼ぶんじゃないだろうな?
いつものパターンだと、そろそろ彼氏が登場するのです。やめろ。たまには恋人がいないバージョンをくれ。雪宿りなんてオシャレな言い回しが飛び出す女性と、もうちょっと先の未来を見させてくれ。
そう思ったところで、お客様は口角をわずかに上げなから、言いました。
「恋人が、迎えにきてくれるみたいです」
はい終了。このくらい。このくらい雑でちょうどいい出来事が、来世あたりで起こりますように。
第十二夜へ続く