「雨の夜にだけ会いましょう」
「定期的に集まろうぜ」と言い出した飲み会は二回目が開催されない。
仕事も遊びの約束も、数週間先の予定を詰められるとなんだか心が重くなる。
「もっと雑で、ちょうどいいこと」を求めて、無責任な願望を言葉にしてみるカツセマサヒコの妄想コラム連載です。
「 第三夜 雨の日のコインランドリー 」
夏と言われるとポカリスウェット的な、シーブリーズ的な、つまり何かと爽やかフレッシュなイメージを押し付けられがちな私たちですが、現実は6月初旬から続くものっすごくベタつく日々によって不快感を露わにしたまま不機嫌に過ごしているわけです。
気が付けばコロナも落ち着いたことにされていて、みんなが大嫌いだったはずの満員電車にも活気が戻ってきました(なんでだよ)。雨が降った日の弱冷房車輌なんて蒸し焼きにでもされそうなほど湿度が高く、駅のホームから電車を見れば車内の様子が確認できないほど窓が曇っています。「こんなものに乗るために大人になったんじゃない!」誰かがいつ叫んでもおかしくないハードすぎる日々がここにあります。
そんな平日の疲労を回復できないまま迎えた土曜の朝。寝室の窓を開けると、昨日よりもひんやりとした空気が入り込んできました。ボツ、ボツ、と聞こえる雨音は、誰かのダンスのリズムのようにも思えます。
あ、コインランドリー行こ。
そう、こんな日はふと京都旅行を思い立ったくらいの高揚感と気軽さで、コインランドリーに行くことを決意するのがいいのです。平日に溜まった洗濯物をここぞとばかりにまとめて持っていき、巨大な洗濯機が回っている間は動画を見たり文庫本を読んだりして過ごせばいい(ただし間違ってもSNSなんて開いちゃいけないよ。あそこはもはや魔境。あなたもこの文章をSNS経由で読んでいるかもしれないけれど、コインランドリーにいる時くらいあんな揚げ足取りばかりの殺伐としたくだらない空間のことは忘れてしまいましょう。ほら、せっかくなら甘いものとアイスコーヒーでも買って、盛大に寛いじゃうのもいいじゃない)。
家で一番でかい袋は大体IKEAの青いやつという仮説を今回も崩せないまま、その袋に長い雨で干せなかった洗濯物を次々と放り込んでいきます。恋人なのか何なのか自分でもよくわからないけれどたまに泊まりにくる人に貸した部屋着も出てきて、一瞬だけその人のやわらかい匂いが部屋に広がった気がします。こういう描写をわざわざ書く。これを一般的に「キモい」と言います。
準備ができたら車に乗ります。いや「そこは自転車じゃないのかよ」とか「歩いていける範囲にあってくれよ」とか「そもそも都内は駐車代が本当に高い」など、言いたいことは山ほどあるかもしれませんが、愛車はワーゲンバスなのだから乗るしかありません。え、ワーゲンバスなんですか? ええ、ワーゲンバスですよ(妄想の中ではね)。
助手席によいしょとIKEAバッグを置いて、のんびりと出発。ガタガタと小気味よい揺れを堪能しながら、大きめの駐車場付きコインランドリーへと向かいます。音楽はnever young beachをスマートフォンのスピーカーから。ワイパーのゆったりとした動きも、なんだか音楽にノッているように思えてきます。ああ、なんて理想的なシチュ(シチュエーションのことシチュって略すのなんかちょっと嫌なんだけどなんなの)。
そうして辿り着いたコインランドリー。初めて来た店ですが、扉を開けてみると『エブエブ』に出てきた店と同じくらいの大きさ、もしくは『First Love』に出てきた店と同じくらいのサイズ感で、店内はとても清潔そうです。どことなく無機質な空間では雑多に置かれたベンチと丸椅子すらなんだかとてもオシャレに見えるのは何故なのでしょうか。
自分以外に利用者は誰もいなそうだ。と安心しようとしたところで、あれ、ちょうど入り口から死角になる柱の影に同い年くらいの女の人が丸椅子に座って本を読んでいるじゃないですか。その前の乾燥機もゴウンゴウンと音を立てて回っています。やあ、こんな雨降りの土曜日に、同い年くらいの人と二人きり。なぜでしょうか。妄想だからだよ。
彼女の存在に気付かぬふりをしたまま、溜まっていた洋服を一気にドラム式洗濯機に放り込みます。お金を入れてスイッチを押そうとするけれど、なにぶん初めてのもので、使い方がよくわかりません。んんー、どこにお金を入れればいいのかな? 迷っていたところで、「それ、上の方に入れるんですよ」と声がしました。
ふと横を見ると、先ほど丸椅子に座っていた女性が、柱の影から顔だけこちらに向けているじゃあーりませんか。なんたる優しさ。「ありがとうございます」と言いながら、僕はそこにお金を入れようとしますが、今度は小銭が足りないじゃあーりませんか。
「あ、両替機は、そっち」
「あ、どうも」
指をさされた先には、確かに両替機が。なんて丁寧かつそっけない人なんだ。最高すぎると思いながら、シワシワの千円札をなんとか伸ばして小銭にします。
さあ、いよいよ洗濯開始。大きなドラム式洗濯機がゴーゴーと音を立てながら、洗剤やら柔軟剤やらをドバドバかけては汚れを洗い落としていきます。丸椅子に腰掛けながらしばらくその様子を眺めていましたが、おっと、俺はここで本を読んだり動画を見たりしてくつろぐために来たのだった。その目的を思い出して、ポケットから本とスマートフォンを取り出します。
しかしその時、先ほどの丁寧かつそっけない女性が、僕と同じIKEAのバッグを持って目の前を颯爽と通り過ぎていくじゃあーりませんか。
その時に香った、乾燥したての衣服の、甘くふんわりとした匂い(キモい)。
もちろん挨拶も会話もなく彼女は店を出て行って、僕は改めて読書に集中し始めます。二人は他人。そこに続編はないのです(キモい)。ただ、やっぱりこういう雨の日はコインランドリーで正解なんだなと思った。今回はそれだけの話なのです。
このくらい、雑でちょうどいい出来事が、来世あたりで起こりますように。
第四夜へ続く